第66話・水路

「じゃあ、水路が出来るようにと念じてくれ」


「ああ、やっぱり」


 ナーヤーはこの町の法則に気付いたらしく、すぐに目を閉じて集中する。


「念じてくれと言われても」


「この町にポルティアの家は出来ただろ?」


「ああ……おっそろしく高級なのが」


「「そんな家を持てればいい」って一度として思ったことはないって言える?」


「言えない……無理だと諦めた夢だけど……」


「それと同じ。この町に水路があるといいなって考えるんだ。あとはシエルのアイディアとぼくのスキルが完成させてくれる」


「…………」


 ポルティアはしばらく眉間にしわ寄せてこめかみを指で押さえていたけれど、目を閉じて集中の体勢に入った。


 ヴァリエは最初から分かってます大丈夫な笑みで手を組んで念じている。


 そして、ぼくも集中する。


 シエルが空を見上げ、叫ぶ。


「ヴァダー!」


「おう!」


 こればかりは「まちづくり」のスキルだけでは出来そうにないので、ヴァダーの「水操」と「合わせ」ることにした。


 ばしゃばしゃっと水音が聞こえる。水音は遠くなったり近くなったりする。


 本当、こういうことを考えるシエルと実行できるヴァダーがすごいよ。


 空気の温度が少し下がった。


 そして、上手く出来たという手ごたえが、ぼくに。


「出来たぞ」


 シエルが震える声で、終わりを告げた。


 全員、ゆっくりと目を開ける。


 そこには、前もって知らされていたぼくにも驚きの光景が広がっていた。


 空を、水の道が蜘蛛の巣のように覆っている。


 人の手に届くところから、ずっと高い場所まで。水汲み場の屋根から流れ出した水流は、八つの方向に分かれて町を万遍まんべんなく回って水汲み場へ戻ってくる。


「……何だよ……何なんだよこれは……」


 ポルティアが呟く。まあ知らされてなければびっくりの映像だよな。


「さすがは町長」


 ヴァリエが空を見上げて涙ぐんでいる。


「このような奇跡を起こせるなんて……!」


 奇跡じゃないです。ぼくとヴァダーのスキルを合わせてシエルが具体的にイメージした結果なんで。


「すごーい! お水が空飛んでる!」


「お家にも来てる!」


 子供たちはワイワイと大喜び。


「水遊びするのはいいけど、汚したらダメだぞ」


 飲料水でもあるんだから。


「遊んでいい場所はあるの?」


「牧草地とかなら」


 わーいと喜んで子供たちは牧草地へまっしぐら。


「触れるのか?」


「普通の人間なら」


 シエルが平然と答える。


「もちろん、エアヴァクセンの町長ミアストなら毒を入れてくる可能性もあるから、何かを混ぜようとすれば弾き出される。悪意ある人間が触ろうとすれば水が避ける」


「何をどうすればここまで便利なことが出来るんだ?!」


 はい、叫びたくなる気持ちは分かります。


「スキル「まちづくり」と「水操」の「合わせ」。水を操って、走った場所を固定させる」


「説明されても納得できない」


「そういうものなんだと思っておけばいいんじゃない?」


 ナーヤーがポルティアをなだめる。


「SSSを目指す町ならこれくらい出来てなきゃだし、それが出来る……つまりSSSランクを狙える町に住めるんだからラッキーだと思えない?」


「……貴方は気楽だな」


「もらえるものは受け取るだけ。好みの物を好きなだけくれるんだから、私はありがたくいただくわよ?」


 ポルティアは空を仰ぐ。その視線の先には、牧草地や畑に向かう水の流れが蛇のようにうねってあちこちに水を届けている。


「……いや、もう、諦めた!」


 はい?


「悩むのを諦めた! 悩んでも答えが出てこないんだから。受け入れるしかない! しかもそれが俺にとって嫌なものならともかく、好ましいものや必要なものが揃っているんだから、もう悩むのは諦めた!」


 それがいいと思うですよ。


「あととりあえず要るものってある?」


「今のところはないね」


「人数が増えないと何とも」


 アパルとサージュの言葉に頷いて、ぼくはシエルを見た。


「ピーラー注文の残りのベッドと、今回注文の執務机をお願いしていい?」


「当然。任せろ」


 ドンと胸を叩くシエルの後ろに回り込んだのは。


「……健康的な生活は続けてね?」


 シートスの圧笑顔。


「……はい」


 ここまで言うこと聞くってことは、不健康な生活を散々怒られたんだろうなあ。ていうか、うちの町、女性が少ない割に強いのはなんでだろう。……元盗賊をしていたり盗賊の奥さんしてたりした人が多いからか? いやでもアナイナは未成年だしヴァリエは自称騎士だし。


「しばらく下に降りる予定はないから、降りたいときはぼく呼んで」


「分かった」


 町民が三々五々散っていく。


「こんな感じの町だけど、……いやなら今からでも契約取り消す?」


「そんなはずないだろう」


 しばらく空を見上げていたポルティアは、頭をぼくの方に戻した。


「将来性の高い町に思い通りの家をもらえたんだ、ナーヤーじゃあないが受け取らない理由がない」


「私もこんな家に住まわせてくれるんなら畑仕事でも織物でも何でもやるわよ。強制じゃないって言うけど、働かなきゃ申し訳ないわ」

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