第24話・町に住む夢
「盗賊か?」
「まあ、そりゃあ来るだろうな。ていうか来る前提にしてたんだから」
サージュとアパルが言葉を交わす。ぼくは内心真っ青になっていたけれど、咄嗟に「ぼくは町長、ぼくは町長」と言い聞かせ、じろりと辺りを見回す。
かつてアパルたちが着てたようなボロボロの革鎧。その上髪はねばねばしてそうだし、何か臭う。
アパルとサージュが想定していたのは、恐らくはこの街道をねぐらとする盗賊。スピティで噂の新町の牛車が東に向かって出発したなんて、当然彼らは耳に入れて狙ってきたんだろう。狙いは食糧ってとこか。
さて、どうしよう。
チラリと視線を走らせる。アパルとサージュに、不自然じゃないように。
二人がこちらを見ないってのは、予定通りにやるってことだ。
なら信じて任せる。
というか、ここでのぼくの役割は、若年ながら素晴らしい家具を作る町を得た町長。ここで恐怖で青ざめたり挙動不審になったら、何もかもが無駄になる。
「グランディールとやらの町長さんよう」
男の一人が声をあげた。
「荷物を全部もらいたいんだが」
「断る」
ぼくの答えは端的、返しも出来ない程に。
案の定、一瞬ポカンとした盗賊たち。
次の瞬間、真っ赤になる。
「てめぇ、死にたいって言うのかよ!」
「どうせ家具作り放題で金取り放題なんだろ!」
「こちとら今日の飯にも困ってるんだ! そんだけあれば随分生き延びられるんだよ!」
「ただ食い物を置いてくだけだろ、そっちは金はいっぱいあるんだろ!」
「ただ持っていかれるのは嫌だね」
サージュは囲まれていても平然と言った。
「何?」
「君たちはこの街道に詳しいかい?」
アパルが笑顔で問う。
「お、おう」
「じゃあ、強いかい?」
「スピティ周りの盗賊じゃ一番だ! こっちは……」
「それを聞いて安心した」
アパルは笑顔を崩さず言った。
「君たちを、雇いたい」
「はあ?」
盗賊十人が、呆然とアパルを見た。
やっぱりアパルは笑顔のまま。
「雇うって? 盗賊の俺たちを?」
「ああ。護衛中の食事はもちろんこっちが持つ。そして、グランディールまで無事辿り着いたなら、町民として迎える。ですよね、町長?」
アパルがチラッとこっちを見るので、ぼくは重々しく頷いた。
「若い町長とは聞いてたが……若すぎやしないか?」
「若いだけの町長なら、スピティに認められはしない」
サージュが無表情で言う。
「そして、町長の頷いたことは絶対だ。君たち十人、そしているならばその家族。グランディールにつくまで他の盗賊に敗れたりしなければ、全員を町民として迎える」
「……本気か?」
「当然」
アパルが笑顔で、サージュが無表情で、そしてぼくはゆっくりと首を縦に振る。
「盗賊なんかを受け入れる町なんてありゃしねぇ。ましてや盗賊なんかやってる俺たちのスキルなんてスッカスカだぞ?」
「私は元はエアヴァクセン近辺を根城にしていた盗賊団の一人だ。町長に誘われて、町の人間になった。今、町の半分以上が盗賊上がり。その上町を守る兵もいない、という状況だ。戦闘力だけをあげるなら兵士として迎えるし、他で働きたいなら希望は受ける。今は農作に携わる者がいないから、そちらについてもらえればありがたいし、それ以外で何でもできることはやってもらう」
町に住む。
それは、町の外で暮らす人間が誰でも憧れる将来だ。
町の印があり、町スキルがあれば、ランクが低くても間違いなく町だと認識される。Eランクでもいい、何でもいいから住まわせてくれと頼みこむ放浪者もいる。
でも、大抵の町では、求めているスキルでなければ断る。というか、叩きだして兵に追わせて近寄れないようにする。
たぶん、この盗賊たちも同じ過去を持ってるんだろう。
だから信じられないんだ。町の民として迎え入れるという言葉が。
「……本当の、本当ーに、俺たちを迎え入れるってのか?」
「契約書を交わすか?」
サージュが紙を取り出した。
「名前くらいは書けるだろう」
「まさか、町長の印を押すってのか?」
印、というのはこの世界で絶対的な力を持つ。これを押された契約書に背けば最悪の場合死に至るほど。しかも個人印ではなく町長の印を押す、それはつまり町が保証する絶対の制約を意味する。
「町長は了承済みだ。そうですね」
サージュが無表情でこっちを見たので、こっちも無表情で頷き返す。
「おい、本気か?」
「本気」
これはぼく。
「町には人が必要。そして貴方たちには町が必要。……違う?」
真っ直ぐに、アパルと話していた盗賊の目に視線を合わせる。
相手の疑うような目。でも印を押すという言葉に揺れる目。もしかしたら町民にという期待に焦がれる目。
「もっとも、グランディールまで無事に着けば、の話。途中で別の盗賊に荷を奪われたり私たち三人の一人でも怪我をしたりすれば、契約は反故になる。それでいいというのなら」
「……いいだろう」
ぼくと視線を合わせ続けていた盗賊が、やっと頷いた。
「俺たちでも入れてくれる町ってのがあるんなら……ずっと夢見てきた。ガキには町に住まわせてやりたかったが親がこんな生業じゃ無理だ。そんな俺たちを、家族を、本当に迎え入れてくれるというのなら」
視線は合ったまま。
「俺たちはアンタたちの護衛になろう」
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