第240話・神殿への侵入者

「アナイナは、決めたのかい?」


 ぼくは静かに問いかける。


 ヴァチカの胸の中で、アナイナが小さく頷く。


「きっと……後悔する……町に戻りたいって……すっごく思う……でも……」


 ぐしゅん、と鼻を鳴らし、ぎゅっとヴァチカを抱きしめる。


「お兄ちゃ……」


「何?」


「手紙、書いてね……」


 アナイナは顔中涙まみれにしてやっとぼくの顔を見た。


「何でもいいの……町が、大きくなったとか、人が増えたとか……なんでも、いいから……わたしからは、返せなくても……」


「うん」


「お兄ちゃんがグランディールのお父さんなら、わたしはグランディールのお母さんだもん……。わたしが造ろうって言わなかったら、グランディールはできてなかったもん……わたし……わたし……」


 このまちが、だいすきだから。


「うん」


 言葉にならないその声に、ぼくは頷いた。


「分かってる。分かってるよ、アナイナ」


 アナイナは、これから町の奥底で、町にいながら置いて行かれる。


 年に一度しか町の中に出てこれない。


 町中を踊り回って、炎の力で浄化する……神月の精霊神浄化の日。その日だけ。


 Aランク以上の町が行う祭りで、Sランクになったグランディールでは今後、行わなければならないだろう。


 そうじゃないと、アナイナは年一度の機会を得られない。


 我が物顔で町をのし歩いていたアナイナが、これから顔を見せることもなくなる。



 ……怨みます、精霊神。



 誰よりも自由だったアナイナを繋ぎとめてしまった貴方を、ぼくは、怨みます。



     ◇     ◇     ◇



 その頃、ミアストは、モルを連れて神殿内を歩いていた。


「さすがですね。ちょ……」


 ミアストは無言でモルを睨む。


「……スト」


 何かというと町長と呼び、ミアスト様と呼ぶモルを連れてきたのは失敗だったかと思ったが、さすがに一人ではできないから。


 町民しか通れないはずの扉を、町民以外は弾かれるはずの通路を、ミアストとモルは問題なく歩く。


「低レベルが……」


 ミアストは時々呟きながら歩く。


「ガキが……」


「そこの者!」


 鋭い誰何すいかに、ミアストは振り向いた。


「何処から入り込んだ! どうやってここにいる! 何者だ!」


 戦い慣れしている兵士が、鋭くミアストたちを睨みつけている。


「グランディールの者だが?」


 見て分からんか、と呟くミアストに、兵士……ファンテが叫ぶ。


「町の者でないのは一目瞭然いちもくりょうぜん。正装でないからな!」


「あのガキが……」


 ぼそりとミアストは吐き捨てる。


 そう。一般のグランディール町民席……一般客の押し込まれる席ではなく、正式な参加者である一般の町民席に紛れ込もうとしたミアストたちが失敗したのが、グランディール町民お揃いの正装である。


 町民が増えて知らない顔がいても問題ないだろうというミアストの目論見もくろみはここで失敗した。真っ白な衣装に到底とうてい今の染めでは出来ない、黄色と紫のアクセント。ミアストがどう頑張っても手に入れようがない、恐らくは町スキルで作られた服だ。似たものすら調達できない。


 やむなく一般席で成人式、鑑定式を見るしかなかったミアストはかなり苛立っていた。


「ガキ? 誰のことだ」


 ファンテが目を細める。


「とにかく、今は町民でも神殿から出てもらう。町長の御命令だ」


「私は「町長」の許可を得ている」


 ミアストは真っ直ぐにファンテの目を見て言った。


「町長? グランディールに今いる「町長」は、グランディール町長クレー・マークン、スピティ町長フューラー・シュタット氏、フォーゲル町長アッキピテル・ソーカル氏、ヴァラカイ町長ザフト・ザーパット氏の四人しか聞いていない。そしてそのどなたかが言ったのであれば、自分の元にも連絡が来ているはずだ」


「いいや、貴様は聞いたはずだ。「町長」から。そうだろう?」


 じっとファンテの目を見るミアスト。


「町長……? いや、町長……町長の、許可……」


 ファンテの目が霞がかったようにぼんやりとした。


「失礼、貴方は町長の許可を得ている人だった」


 ファンテは深々と一礼した。


「分かっていればいい」


 ミアストはファンテの横を通り過ぎる。


「さすがは」


 モルが言いかけたのを、ミアストは火花の出そうな視線で止めた。


「……すみません」


「全く、貴様はこの先口を開くな。自分に自分のスキルを使っておけ」


 神殿を進みながら、ミアストは吐き捨てた。


 グランディールの神殿は確かに広いが、迷路ではない。


 所々に「町民以外進入禁止」「町民以外通行禁止」の区域があるだけだ。


 「守護者」がいるとはいえ、目覚めたばかりのスキルの持ち主を出し抜くだけの自信と根拠は、ミアストの中にある。


 目の前に現れた白いドアを開けようとして、ミアストは一瞬手を止める。


「ここもか」


 舌打ちして、じっとドアノブを見つめる。


 十秒間、ドアノブを睨みつけ、それから手をかける。


 ドアノブを握ってぐっと回すと、何の障害もなくドアは開いた。


(ふん)


 ミアストは鼻を鳴らす。


(どれだけすごいスキルだとしても、レベルが低い限りは私には敵わないのだよ)


 四十二年前の成人式で、自分のスキルに失望した。


 だけど、今こんな形で役に立つとは。

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