第447話・聖職者に話すべきか

「……このこと、他の誰かに話していい?」


「私のことを知っていて、聖職者じゃないなら。自然二人に限られちゃうけどね」


 ティーアとスヴァーラの二人だよな。


「聖職者は何でダメ? の直下だから?」


「それもあるけどさ」


 フォンセは指先でティーカップの縁を弾いた。ちん、と澄んだ音がする。


 これはグランディール産の陶器じゃない。磁器、と呼ばれる別物である。


 以前、磁器の町ポーセリンの代表者と陶磁器についてグランディールうちのフェアムーゲン陶器商会長アイゲンが個人的に話に行った時、「どうぞご参考までに」と持たせてくれたのをアイゲンがお土産として十客町長室にくれたのだ。うちの陶器は保温性に優れるけれどごつくて、磁気の繊細な肌質で美しいつやのある白さは紅茶の色や香りを楽しむにはいい、と評判がいい。薄いのにしっかりしている綺麗なヤツで、個人的にやってくるお客さんに出すには非常にいいものなのである。


 おっと、磁器にずれている場合じゃなかった。今は何で聖職者にこの話をしちゃいけないのかだ。


「それもあるけどさ、って言うなら、何か別に理由が?」


「混乱させちゃ可哀想かわいそうでしょ。本来の仕事すら忘れられた聖職者から爪弾つまはじきにされちゃうわ」


 冗談かと思ったけど、フォンセの顔は至極真面目だった。


の聖地ですら正しい話が伝わっていないのよ? 大陸の聖職者の何人がこの話を信じるって言うのよ。聖職者の本来の役割が光と闇のバランスを保つことだってことすら忘れてる連中が、信じるとでも? もちろん、あなたの言うは信じるでしょうね。の分霊で町を守っているあなたの言うことなら。でも、それによって、他の聖職者とうっかり衝突でも起こしてごらんなさいよ。これ幸いとが首どころか頭まで突っ込んでくるわよ。私と接触していたあなたを今度こそ抹消して浄化して力を取り戻し、グランディールから闇の気配という気配を消し去り、光の町とする。それがバランス崩壊のきっかけになるわ。この大陸はそれで終わり、でしょうね」


 あ~……。


 フォンセは真剣そのものの顔。冗談を言っているようには見えない。


「……そーかあああああ……」


 ぼくは重い溜息を一気に吐き出した。


「だから、何で自分たちに話してくれないのかと聞かれたら、私が気に入らないからとでも言っておきなさい」


「いや、さっきあんたが言った理由を言っておくよ」


「わざわざ崩壊の種を蒔くの?」


「崩壊させないために、蒔くんだ」


 ぼくも真面目に答えた。


「小手先の誤魔化しで、彼らは騙されてはくれるだろう。うん、フォンセの言ったその理由で反論もせず受け入れてくれるだろうね。だけど、不信感は拭えない」


「私への不信感?」


「いや、へのだ」


 きょとん、とするフォンセ。


「彼らは西の民だから、神への信仰心は篤い。でも、あんたのことであの三人は揺らいでる。果たしてへの信仰を貫けるか。でも、聖職者の本来の仕事は、光と闇のバランスを保つってこと……だったはずだろ?」


「まあ、本来はね?」


 今じゃに仕えて闇の芽を摘むのが商売だけど、と鼻で笑うフォンセ。


「なら、彼らには本来の聖職者としての役割を果たさせてやりたい。への信仰心をあらわす大神殿と、あんたって言う闇、あの三人が上手くやりこなせたら、グランディールは上手く整うだろう?」


「へえ……」


 フォンセがにぃ、と口の端を持ち上げる。


の目の前で、町の光と闇のバランスを整えようって言うの? 私まで巻き込んで?」


「嫌だって言うなら、この一件はあんたの暴走ってことで済ますけど」


「……んー。いいわ。あなたがそんな考えって言うなら、私も考えを変える」


 フォンセの目が爪月のように細められる。


「聖職者たちにきちんと教えてあげていいわよ。事の始まりから終わりまで。私が直で教えるとが爆発するから、あなたが私から聞いてこう解釈した、という形で」


「ぼくの解釈入れていいの?」


「いいわ。あなたの解釈なら真実と掛け離れはしないでしょうしね。ただ、その聖職者に念を押すことを忘れちゃダメよ」


「今言ったことは黙ってろって?」


「ええ。他の人間……アナイナ、町民、他の町の人間、精霊、その他すべてに至るまで。話す場合は守護者の守護篤き神殿かこの町長室か。それ以外では話せないって縛りをつけてもいいわね」


 うん、それくらいしないと。この真実の創世神話は聞くだけでの怒りを買うことなんだから。


「……あ。への言い訳を考えなきゃ。絶対何処かで話を聞いてくる」


「大丈夫よ。「あいつの話を聞いても信仰心は薄れなかった」とでも言っておけばは納得するしかないんだから」


「……さすがだ、の対なだけある」


「んふふ。私、よりはマシだって思ってるからね。あなたたちからすればどんぐりの背比べに見えるかもしれないけどさ」


 フォンセはふわっと立ち上がった。


「じゃあ、私はそろそろ離れるわ」


 にこりと笑う、その笑みはさっきのあの何か企んでいる笑みじゃない。


 待ての出来る精霊神の笑みだ。

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