第54話 家庭

 次の日、目覚めたら筋肉痛になっていた。


「……すぐに筋肉痛になるってことはまだ若いのかね……?」


 だからって嬉しくともなんともないがな。まだ脆弱ってことなんだからよ。


 湿布を体中に貼りつけ、少し柔軟体操をしてから朝飯の用意を始めた。


「そういや、ホテルのビュッフェって買えるのかな?」


 タブレットでビジネスホテルの朝食ビュッフェを出したら料金千百円で何十種類もの料理が現れた。マジか……。


 これまで食器まで出てきて値段は据え置き(?)。食器代まで含まれてなかった。ちなみに食器はゴミ箱に捨てて十五日放置です。


「……いい匂い……」


 ラダリオンが匂いに釣られて起きてきた。正確な腹時計を狂わす、か。ビジネスホテルの朝食ビュッフェ、恐るべし。


「まずは顔を洗ってこい」


 ユニットバスに向かわせ、床に出た料理をテーブルに乗せた。


 全部は乗らないので余りは昼に回すとしよう。昼までなら悪くなったりしないだろうしな。


 顔を洗ってきたラダリオンはすぐにテーブルの上のものを平らげ、五種類あるケーキも半分くらい食べてしまった。


「……もう無理……」


 そりゃそうだろう。軽く五キロは食ってんだからよ。オレは納豆ごはんで胸一杯になったわ……。


 残った料理にラップをかけ、果物は冷蔵庫に……入らんか。ぎっちり買っちゃたしな。


「お茶も出たのかよ」


 料理が多すぎてお茶類(ティーバッグ)の棚まで出てるのに気がつかんかったわ。


「出したのがビジネスホテルので助かったよ」


 これが一流ホテルのビュッフェだったらどうなってたか。きっととんでもないことになってたことだろうよ。


「ラダリオン。今日は十時になったら始めるか」


 食べすぎて動けないラダリオンに言うと、しゃべるのも辛いと「ん」とだけ答えた。


 何日か前に買ったソファーに座り、コーヒーメーカー(これまで出ちゃった。しかも電気が通っている親切さよ)から淹れたコーヒーを飲んだ。


 九時過ぎくらいに外に出てみると、ロミーさんとそのお子様たちがいた。どうやら貸し出し品を戻しているようだ。


「おはようございます」


「あら、いたのかい。声をかけても返事がなかったからもう出たのかと思ったよ」


「ちょっと準備があって集中してました。貸し出し品の戻し、ご苦労様です」


 力があるとは言え、運ぶのも大変だろうよ。


「なに、稼がせてもらってる上にお茶とお菓子をいただけるのだからこのくらいお安いご用さ。それに、女たちが集まれる場所ができて嬉しいくらいさ」


 そ、そうなんだ、と思っておく。どこの職場も女性を味方につけておくに越したことはない。


「ゴルグ、うちにいますか? ちょっと読んでもらいたいものがあるんですよ」


 てか、字とか読めます?


「今は木を伐りにいってるけど、昼には帰ってくるよ」


「そうですか。なら、昼前にいってみますよ。パンが余ったんで持っていきます」


 ロールパンと食パンが丸々残ってんだよな。ラダリオン、料理ばかり食ってパンに手をつけなかったんだよ。


「それは嬉しいね。あんたんところの食べ物、なんでも美味いからね」


「ゴブリンを生きたまま持ってくればいつでも売りますよ」


 貸し出し品の代行をやってもらってるからサービスとしてここのは自由にしてもらってるが、無意味にくれてやることはしない。今回はパンを無駄にしたくないからお裾分けするだけだ。


「ゴブリンか~。あいつらちょこまかと動くからね~」


「罠でも仕掛けるといいですよ。一匹捕まえれば十日くらいのお茶代になりますし」


 そう本格的に捕まえることは期待してない。小遣い稼ぎていどで構わないだろう。


「そうだね。リゼんところの旦那に頼んでみるか。猪罠をよく作ってるしね」


 リゼさんとやらの旦那さん。お仕事増やしてごめんなさい。


「では、昼前にいきますんで」


 そう言ってセフティーホームへ戻ると、ラダリオンは外に出たときのまま。椅子に座っていた。ビュッフェはしばらく禁止だな。


 用意は昨日のうちに終わっているので、新たにバスケットを買ってパンを詰め、少し体を動かして筋肉痛を和らげる。


 十時過ぎくらいにやっとラダリオンの胃が落ち着き、昨日用意したものを外に出してもらった。


「今日はもうなにもしたくない」


 胃は落ち着いたようだが、食べすぎてやる気を削がれたようだ。


「まあ、やる気がないときは休めばいいさ。蓄えはあるんだからな」


 元の世界のように会社勤めじゃなく個人経営になったのだ、休みを自由に決めたって誰からも文句は言われんさ。


 とは言え、オレ一人で巨人のところにいったら潰される。それか子供たちのオモチャにされる。情けないが、ラダリオンに抱えてもらわないと怖くていけないよ。


 オレもラダリオンも腰のベルト装備だけにし、街で買ったものやバスケットを持ってゴルグのところへと向かった。


「おう、タカト、ラダリオン。久しぶりだな」


 村の入口まできたら木を担いだゴルグに会った。人間にしたら百キロはありそうな木をよく平気で担げるものだ。巨人、どんだけだよ。


「ああ、久しぶり。ゴブリンが多くて帰る機会を見失ったよ」


「今の時期はゴブリンが多いからな。畑をやってる者は毎年嘆いているよ」


 そう言えば、畑になんかいろいろと植えられていたな。夏野菜か?


「ここは、ゴブリンが増えやすい地なのか?」


「そうだな。おれがガキの頃からゴブリンの被害は多かったし、王も立ちやすいとじいさまから聞いたことある」


 弱いところにとか言っておいて、数の多い場所とか詐欺だろう。あのダメ女神が!


 ゴルグの家に向かい、ロミーさんにはバスケットを。ゴルグにはナイフと手斧を渡した。


「タカトから借りてる道具を使ってると、これまでのものが使い辛くてたまらんよ」


「あまり慣れないことだ。オレもいつまでここにいられるかわからないからな」


 死ぬ気はないが、どこかへゴブリン駆除にいくかもしれない。長い間、家を開けたら十五日で消えてしまうんだ、あまり頼らないことだ。


「わかってはいるんだがな、このよさを知ると他が使えないのさ」


 一度贅沢を覚えると元の暮らしには戻れないって言うし、そのときにならないとわからないか。


「ねーちゃん、飴ちょうだい!」


「ちょーだい!」


 ゴルグと話してると子供たちがラダリオンの服をつかんできた。落ちるから揺らさないで!


 ひょいとゴルグに助けてもらい、テーブルの上に避難させてくれた。


「ラダリオンに懐いてんだな」


 二人に揺らされるラダリオンだが、嫌そうな顔はせず、二人に飴をくれていた。


「こら! これから食事なんだから飴はあとだよ!」


 母親に飴を取り上げられて泣きじゃくる子供たち。賑やかなことだ。


「うるさくしてすまんな」


「いいよ。幸せな家庭って感じで羨ましいよ」


 この世界で家庭を築くなんて難しいだろうが、いつかオレもこんな家庭を持ちたいもんだぜ。

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