第263話 行商奴隷団

 異世界の道、ナメてました。


 ミシニーが馬車で五日と言うから道があると思うじゃん。だが、マイヤー男爵領を出たら馬車が通れそうな幅はそうなく、川には橋がない。まだ獣道がマシと言う状態。二日目は二十キロも進めなかったよ。


「昔はもっとよかったんだがな?」


 昔っていつだよ? 十年や二十でこうはならんだろう! と言う叫びを飲み込んだ。たぶん、言ったらダメなヤツだとオレの本能が悟ったから。


 三日目も同じで、幅がないところや川ではパイオニアとウルヴァリンを交互にホームに仕舞い、道だと思いたい道を進んだ。


「交代でくるのも一苦労な感じだな」


「巨人に道を造ってもらいたいところですが、さすがに他領ですからね」


 そうなんだよな。コラウスだから巨人は生きられている。他領に出たら大騒ぎなるのが目に見えるよ。


「とりあえず、進むしかないか。ミシニー。本当にこの道でいいのか?」


「ああ。人が歩いた形跡や馬の蹄らもある。定期的に往来している」


 オレにはさっぱりだが、銀印の冒険者が言うんだからそうなんだろう。なんて思っていたらミシニーの表情が強張った。ま、魔物か!?


「いや、人だ。それもかなりの数だ。もしかすると行商奴隷団かもしれないな」


 行商奴隷団? なんじゃそりゃ?


「この国独自な罰だな」


「犯罪者や戦争犯罪者を奴隷にして行商──まあ、奴隷に荷物を持たせて辺境を回る行商だな」


「……そんなのがあるんだ……」


 さすが異世界。工場作業員だったオレには理解できないことをやっているよ。


「わたしも一、二度と見たくらいだから本当に行商奴隷団かはわからない。タカト、笛を持ってたな。長く吹いてこちらの存在を示せ。あいつらは奴隷紋を施されている。一度命令が下されれば死ぬまで戦わされるんだ」


 なにそれ!? 魔法ってそんなこともできるの?! だったら魔法の道具も作り出せよ! なんでそっちのほうにいくんだよ!


 それはともかく人間との戦いなんて御免である。笛を出して長く吹いた。


 十秒くらい吹く。と、笛の音が返ってきた。意外と近いぞ。


「あちらも無駄な殺し合いはしたくないからな。敵意がないことを示したんだろう」


「笛を持っているの知っていたのか?」


「笛は笛でも魔笛だがな」


 魔笛? ミサロが持っていたようなものか? 


「わたしはよくは知らないが、音を操る魔法がある。人を惑わせたり魔物を追い払ったりする魔法がな。行商奴隷団には奴隷紋と音魔法が使える一族とかの噂もある」


 秘密結社な感じか?


 しばらくして前方から異様な集団が現れた。


「冒険者か?」


「ああ。アッシカ伯爵領に接するマイセンズの森と呼ばれる場所に向かっている。そちらは行商奴隷団か?」


 あまり関わりたくないが、この一団のリーダーはオレ。前に出ないわけにはいかないのだから諦めろ、だ。


「そうだ。黒の二団だ」


 それは行商奴隷団が複数あるってことか?


「オレはセフティーブレットのタカト。ゴブリンを駆除することを生業としている。もし、ゴブリンの情報を持っているなら売って欲しい。代金として金か食料で支払おう」


 行商と言うからには商売人のほうが強いはず。売買を持ちかけたら断らないはずだ。


「水はあるか?」


 あると答えて水を入れたポリタンクを取り寄せた。


「アッシカ伯爵領ではゴブリンが大量に発生している。農作物を食い荒らされ、今年の冬を乗り越えられるかわからないそうだ」


 ほんと、どこにでもいる害獣だよ。


「いい情報をもらった。水を足しておこう」


 もう一つ取り寄せてリーダーらしき男に渡した。


 十八リットルの水を奴隷たちに飲ませ、余ったものは手持ちの革袋(水筒か?)に入れた。


「この先、水がないのか?」


「ああ。飲める川がなくなる」


 それはまた厳しい土地のようだ。そんなところに転移させられなくてよかった。いや、ホームの水か買った水しか飲んだことないけど。


「では、我らはいく」


 奴隷を連れて陽気にはなれんだろうが、客商売してんならもっとフレンドリーになれよ。よくそれで商売できてるもんだ。


 通りすぎていく奴隷の顔はどいつも生気がなく、生きる人形だ。よくこれで生きているものだ。見るに堪えられないぜ。


「……モリスの民だな……」


 行商奴隷団が消えると、カインゼルさんがぽつりと呟いた。


 モリスの民? なんかどこかで……あ、ミリエルもモリスの民だった!


「戦争に負けると奴隷になるんですか?」


「すべてが、とはならんが、戦後賠償金の変わりとして何千人と奴隷になったと聞いているよ」


「……戦争に負けたら人権も未来もなにもかも奪われるのか……」

 

 元の世界の無知な平和主義者に見せてやりたいよ。お前が望む平和はこれかってな。


「あまり気に病むなよ」


「ええ。オレはオレの大切なものを守ることに全力を注ぎますよ」


 オレはそこまで正義感は強くないし、他人のために人生を捧げるほど奇特でもない。利己的と罵られようが凡人なオレにはそんな罵り馬耳東風だ。つーか、利己的に生きることも厳しいわ。


「さあ、今日の遅れを取り返しましょう」


 今はアッシカ伯爵領に到着することに集中だ。本番はマイセンズに着いてからなんだからな。

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