第518話 バファ○ン

 確認できるゴブリンから血を抜く頃にはすっかり暗くなってしまった。


 まあ、砦まで二キロもないし、気配を感じ取れる距離なのでライトをつけて難なく戻った。


「マーダ。オレはホームに入って朝にブラックリンで戻ってくる。それまで自由行動だ。ロズ。マーダに請負員カードの使い方を教えてやってくれ」


 ミヒャル商会の動きも気になる。館に出てイチゴと連絡を取るとしよう。


「おれもいく」


「悪いな。ホームに入れるのは駆除員だけだ。マーダを入れることはない」


 離ればなれになった娘たちと再会できるのに、過酷な駆除員にするなど外道でしかない。未来ある父親は明るい未来に向かっていけばいい。こっちにくるな、だ。


「じゃあ、ゆっくりしていろ──」


 そう告げてホームに入ったら、マンダリンがたくさん入っていた。な、なんだ!?


「あ、カインゼルさんたちか」


 館にいる者でマンダリンを操縦できるのはビシャとエルフ数人だけ。職員は誰も乗りこなせてない。ほぼ館の車庫にシートをかけて置きっぱなしだよ。ブラックリンはガレージにオレ、イチゴ、予備の三台を入れているよ。


 ホームに入れたと言うことはビシャたちと合流してミリエルが入れたってことか。帰宅途中でゴブリン駆除とはよく働くことだ。


 中央ルームには誰もおらず、ホテルのビュッフェがテーブルどころか床にも置いてあった。まあ、人数が人数だしな。ビュッフェのほうが大量で楽だろうよ。


 ユニットバスに入り、シャワーを浴びて出てきたらラダリオンがホテルで使ってそうなワゴンに料理を載せていた。


「祝勝会か?」


「うん。じーちゃんたちが混ざって巨大ゴロムロを倒した」


 ゴロムロ? なんだそりゃ?


「脚がいっぱいある蟲。二十メートルくらいあった」


 ムカデのことか? まあ、ローダーみたいなのがいるんだから巨大ムカデがいたって不思議じゃないな。


「ミサロもいっているのか?」


「ううん。あたしとミリエルだけ。ミサロは朝から見てない」


 ってことは館か。なにかあったのか?


「そっちはラダリオンとミリエルに任せる。最後まで気を抜かず帰ってこいと伝えてくれ。こちらは問題なく進んでいるから」


 激変急変と予想もつかないことの連続だが、つつがなく対処はできている。ミヒャル商会もイチゴと当たれば問題はないだろうさ。


「わかった」


 料理を積んで中央ルームを出ていった。


 ミサロが戻ってこないとどうしようもないので、厨房の棚を漁り、適当にツマミを出してビールで乾杯。一人晩酌をする。


 ホームに入って一時間ほど経つが、ラダリオンが料理を運びにくるだけでミリエルもミサロも入ってこなかった。


 まあ、なにか問題があるなら入ってくるはずだし、そう切羽詰まった状況にはなっていないはずだ。


 ミヒャル商会も逃げ出すにしたって数日は準備に時間を取られるだろうし、尻尾を巻いて逃げ出すにしても馬車移動だ。今日逃げ出したとしてもブラックリンで追いかけるなら数時間で追いつけるさ。


 そう考えてたらいつの間にか眠ってしまい、起きたらミサロが厨房に立っていた。


「あら、もう起きたの? まだ三時だからもっと眠っても大丈夫よ」


「二十時前に眠ったみたいだから充分眠ったよ。館でなにかあったのか?」


 やはりトリスはよく眠らせてくれる。なにも考えたくないときは特に、な。


 巨人になる指輪をしてエネルギーを吸い取ってもらってズキズキする頭痛を消した。巨人になる指輪じゃなくてバ○ァリンって改名しようかな?


「請負員になりたい見習い冒険者が三十人以上きてね、残っている職員では対応できないから手伝いにいってたのよ」


「ず、随分ときたな」


 なにがあった?


「請負員にした子らから伝わったみたいよ。ゴブリン駆除請負員になれると食えるみたいだってね」


「見習い冒険者ってそんなにいるんだな」


「仕事がないからすぐになれる冒険者を選ぶみたいね」


 まあ、街には多くの浮浪者がいる。まだ冒険者になれるだけ救いはあるか。成功するのは一握りだろうけどな。


「請負員にしたのか?」


 駆除員なら請負員にできるが、きた者すべて請負員にしろって言ってなかったよ。


「タカトに訊いてから決めようと思ったから、まずは食事をさせて空いてる長屋に泊めさせたわ」


 さすがミサロ。魔王軍でどんな教育されたらこんな風になるんだろうな?


「そうか。とりあえずメシを食わせて体力をつけさせるようシエイラに伝えておいてくれ。見習いなら痩せ細っているだろうからな」


 よくあの細さで動けるものだと思うよ。


「わかったわ。そう伝えておく。お酒じゃなくちゃんと栄養のあるものを摂りなさい」


 余っていたトリスをそのまま飲んでいたらミサロに怒られてしまった。


 ちゃんとした食事(超デカ盛り)を出され、すべてを平らげる。


 ほとんど指輪に持っていかれるが、ちゃんとオレの栄養にもなってくれる、はず。たぶん。


 指輪にエネルギーが貯まっているようで、空腹にはならない。まだいけるなって感じだ。


 この感じにも慣れてきたし、安いウイスキーでも悪酔いしなくて済む。でも、やっぱり美味しいものが飲みたいので、スキットルにジョニ赤を注ぎ、水をちょっと加えた。


「だから飲まないの」


 お玉で頭を叩かれてしまった。す、すんません……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る