第519話 座標 *56000匹*

 ミサロにダストシュートしてもらって館の食堂に出た。


 一応、二十四時間体制なので、厨房に一人と夜番の職員がいた。


「ご苦労様。そのままでいいよ」


 立ち上がろうとした職員を制し、食堂を出て離れに向かった。


 離れに入ったら灯りをつけ、ホームからマンダリンを出してくる。

 

「ん? 随分と傷がついているな」


 まあ、どんな乗り物でさえ乗っていれば大小様々な傷はつくもの。でもこれ、なんかの爪跡だよな。なにに襲われたんだ?


「この調子だとまたマイセンズに調達しにいかないとならんか?」


 地下都市にはまだマンダリンが眠っている。ただ、動力が死んでいるので手間がかかるのだ。あ、エルフに取りにいってもらえばいっか。地上からの道を造ろうとしていたしな。


 出したマンダリンをすべて始動させ、出力を上げてプランデットをかけた。


 一キロ二キロなら自前の魔力で通信できるが、ミスリムの町の上空にいるだろうイチゴと通信するにはマンダリン二、三台は必要となる。映像も見ようと思うなら五台はあったほうがいいだろうよ。


「イチゴ。ミヒャル商会の動きはどうだ?」


「逃亡の準備を進めています」


「地図を開いて、現在の映像を見せてくれ」


「ラー」


 視界いっぱいにミスリムの町全体の地図が展開され、イチゴが見ている映像がウィンドウとして右横に撮し出された。


 ミヒャル商会が逃げ込んだところは南西にある倉庫区。所有しているのは四つか五つ。さすがに借りているか所有しているかまでは調べられないが、ミヒャル商会の者の生体区別からそこを出入りしているのは確認できている。


 倉庫を出入りした者、関わった者の姿と生体区別の情報を転送してもらった。


「……三十八人か。地下はあるか?」


「ありません。ただの倉庫のようです」


 捕らわれている者はなしか。よくもまあ一年近く街に閉じ込めておいたものだ。少しずつ運び出せば目立つこともないだろうに。いったいなにがあったんだ?


「逃げ出す理由を運び出しているのか?」


 一刻も早く逃げたほうが安全だと思うんだが、慌てたら負けだと思っているんだろうか?


「犯罪者の考えはさっぱりわからんな」


 会社のことなら想像もできるんだが、犯罪者の心理や行動は謎すぎるよ。


「武装した者は何人だ?」


「戦闘できるだけの武装は八人。ナイフ装備は九人。強い魔力を帯びた者は二人です。あと、ミヒャル商会の者が冒険者ギルド支部に入り、護衛の依頼を出しました」


 あくまでもただの商会としてコラウスを去るつもりか? そんなことより、さっさと逃げて名前を変えて再起すればいいだけだと思うんだがな?


「護衛に紛れ込むか?」


 いや、東洋人顔のオレが入ったら怪しまれるか。それに、今から護衛ができるほど人は集められない。その作戦は無理だな。


「さて。どうするかね……」


 人攫いをするクズだから罪悪感が抑えれているんだ。無辜な者を殺す勇気などこれっぽっちもないわ。


 ミスリムの町の支部長に内密に話を通すか? いや、今から支部にいったら怪しまれるか。オレが倉庫を襲ったウワサは第三者から、関連業者から、情報屋的な者から、ミヒャル商会に伝わっているかもしれない。そこにオレが現れたら警戒されることは必至。バラバラに逃げられたら追うこともできなくなるよ。


「イチゴに気絶させるか、催涙弾で無力化するか、足でも撃つかしかないか?」


 どちらにしろ冒険者を無傷で無力化するのは無理っぽい。終わったら見舞金でも渡して勘弁してもらおう。


「馬車は何台だ?」


「八台まで確認。まだ増やそうと交渉していました」


 じゃあ、十台から十五台になると思っていたほうがいいな。さすがにそれ以上揃えるのは時間がかかるだろうし、護衛するのも大変だ。オレなら十台で収めておくな。


 ──ピローン。


 ん? なんだ? こんなタイミングで? 


 ──五万六千匹突破。この座標にミヒャル商会の隠れ家があるよ! 獣人姉妹の母親らもいるから速やかに助けることをお勧め。


 はぁ? 二人の母親? 


 ──カウントダウンは残り僅か。気をつけてね~♥️


 こちらの混乱などお構いなし。プランデットに座標が送られてきた。


 館から南南東に約三十キロ。マンタ村ってところを指している。


 離れを出たらホームに。VHS−2装備を引っ張り出した。


「ミサロ! ダメ女神からの通知だ! マンタ村にビシャの母親がいるらしい!」


 そう叫ぶと、すぐにミサロが中央ルームから出てきた。


「すぐにいく気?」


「どうやら虫の息らしい。すぐにいかないと不味いはずだ」


 何分前からのカウントダウンかはわからないが、今から動けば助かる時間はあるはず。でなければ通知なんてしないはずだ。


「一人でやるつもり?」


「イチゴを連れていく。オレ一人でどうこうできるほど自惚れていないよ」


 ゴブリン百匹くらいなら相手するくらいの自惚れはあるが、人間が相手ならオレはどこまでも臆病になる。まあ、今から人を集めるのは難しいので武器に頼らせてもらいます。


「ミリエルが入ってきたら待機させておいてくれ」


 時刻は五時四十分だから六時半くらいには入ってくるだろうよ。


「わかったわ。無理はしないでね」


「了解」


 ブラックリンに跨がり、マナ・セーラを始動させて外に出た。

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