第89話 銀印

 次の朝、外に出たら雨の音が凄かった。


「……土砂降りって感じの音だな……」


 これまで雨に降られたときはあったけど、焼き肉を食って鋭気を養ったあとに雨に降られるとはな。自然に勝てぬとは言え、このやり場のないモヤモヤをどこにぶつけていいのかわからないぜ……。


「──凄い雨だな!」


 階段を降りたドアの前で佇んでいたらカインゼルさんがずぶ濡れになってやってきた。


 小屋に移って土砂降りとはカインゼルさんもついてないよな。雨漏りとかしなかったか?


 上にいってバスタオルを渡した。


「この時期はよくこんな雨が降るんだよ。路上で生活してたときは本当に困ったもんさ」


 そうか。路上生活をしていると雨は天敵か。経験者から聞かされると身につまされるな……。


「今日はどうするんだ?」


「ん~~これ、止みますかね?」


「これは一日中どころかしばらく続くかもしれんな」


 梅雨みたいなものか? 何日も続いたらおまんまの食い上げだぞ。


「仕方がありません。訓練をしますか。あ、今日はナイフを使った訓練でお願いします。マチェットよりナイフ戦が多いでしょうからね」


 咄嗟のときはナイフを抜いての戦いになると思う。覚えておいて損はないはずだ。


「わかった。ただ、動きが落ち着いてきたから反撃する。多少痛みを与えるから覚悟するように」


「構いません。お願いします」


 と言ったことを後悔する目に合いました。い、痛い。殴られるのがこんなに痛いとか思わなかった。もう泣きそうである……。


 だが、痛みは生きてる証拠。死んだら痛みも感じなくなるのだ、痛みがあるうちに痛くならないよう強くなれだ。


 必死に食らいつき、殴られては起き上がり、足払いされたら起き上がり、腹を打たれて吐きそうになるのを堪えて起き上がりと、昼まで挑み続けた。


「……あ、ありが、とう、ございます……」


 生きてる証拠とは言えマジ痛い。マジ泣きたい。ラダリオンが見てなかったら鼻水流しながら号泣しているところだ。


 這いずるように用意していた荷物へと向かい、回復薬を一粒飲み込んだ。


 一粒では完全回復はしなかったが、痛みは大分引いてくれた。


「そんなものまで売っているのか?」


「これは大魔法使いからの特別報酬です。ゴブリン千匹駆除したらクジが引けて、引いたものがもらえるんです」


「次ももらえるとは限らないわけか」


「そうですね。本当はいざってときに使いたいんですが、そのいざってときまで生き残らないといけませんからね。先行投資です」


 この世界に先行投資ってのがあるかわからんけどよ。


「完全には治らないのか?」


「そう便利なものではありません。治るまで三日かかるとしたら一日で治るくらいのものです」


 どうせなら猫な仙人が作った豆くらいのものを寄越せってんだ。この回復薬は微妙すぎんだよ。


 昼飯を食ったら自由時間とする。体を鍛えるのも大切だが、頭を鍛えるのも欠かすことはできない。普通の男が脳筋になったところでこの世界の生存競争に勝てるわけもない。教育が行き届いた社会で三十年生きてきたアドバンテージを活かし、文明の利器を使いこなす道を目指すべきだろうよ。


 タブレットで使えそうな道具を探ったり、銃の種類や銃の扱い方、今後のことを考えたりと、頭を使うことはたくさんある。この雨の日を精一杯活かしていこうではないか。


「うん? 報酬が入った?」


 タブレットの報酬金額が上昇した。ずっと固定したままだったのにいきなり動き出したぞ。


「跳ね上がる金額からしてロンダリオさんたちのチームか?」


 誰が倒したかまではわからない。跳ね上がり方からして一人の金額じゃない。次々と報酬が入ってくる。


「マルスの町は降ってないのか?」


 外に出て確かめてみたら相も変わらず土砂降りの雨だ。とても外に出たいとは思わない。ロンダリオさんたちになるとこの雨でも平気になるのか?


 報酬は今も増えている。一時間も過ぎたら確実に百匹は駆除している金額だ。どうなってるんだ?


「ゴブリンも雨の中でも動くのか?」


 夕方になり報酬が入るのが止まった。約三十万円。二百匹は倒した計算だ。


「なんてエクスペンダブルズは凄いもんだ」


 どうなってるかはわからないが、五人で二百匹ものをゴブリンを駆除したのは事実。オレの努力ってなんなんだろうと思えてくるよ……。


「どうかしたのか?」


 雨の中帰るのも嫌なのか、グロックを持ったカインゼルさんが階段を降りてきた。


「請負員にした人たちがゴブリンを駆除しているようなんですよ」


「この雨の中で?」


 カインゼルさんでもこの雨でゴブリンを駆除していることが信じられないようだ。


「はい。二百匹以上駆除してます。駆除する数は減りましたが、今も駆除してる感じですね」


 もうちょっとで三百匹に到達する。


「もしかすると、ゴスン地下墳墓にいるのかもしれんな」


 ゴスン地下墳墓? どこぞのドクロマンが支配してんのか?


「昔、旧領都の地下に大規模な墳墓があってな、どこかの穴からゴブリンが入り込んで住み着いていると聞いたことがある」


「駆除はしないんですか?」


「何度か陳情は上がってきたが、墳墓に繋がる道を塞いで終わったよ」


 なにか感情をなくしたようなカインゼルさん。どうやら嫌な関わり方をしていたようだ。


「そうですか。まあ、ロンダリオさんたちなら問題ないでしょう」


 なんてエクスペンダブルズなら地上だろうが地下だろうが関係なく無双するだろうからな。


「ロンダリオとは、サークリー家の三男のか?」


「え、ええ。そうです。知ってるんですか?」


「会ったことはないが、コラウス辺境伯領では十人もいない銀印の冒険者だ」


「銀印? それは冒険者の階級ですか?」


「ああ。一番上が白印、金印、銀印、鉄印、銅印、木印、無印と続く」


 七段階か。オレは準冒険者扱いだが、なにになるんだ? まあ、冒険者で食っていくわけじゃないからなんでもいいけどよ。


「……あの強さで銀印なんだな……」


 そんな世界でゴブリン駆除しろとかほんと、ダメ女神を殴ってやりたいぜ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る