第88話 ラダリオン奉行

 次の日も朝から剣の訓練をする。


 回復薬の成果か一回目は十五分続けられ、昼まで八セットはできた。昨日は六セットだから成長してるのは間違いないはずだ。


 明日もやればもっと成長するだろうけど、ゴブリン駆除をしなけりゃ飯は食えない。少年漫画のように衣食住つきの修業なんてできるわけもないんだよ。仕事終わりか休みの日にやるしかない。それが社会人なんだよ。


「気になったんだが、タカトの利き手はどっちなんだ? 銃は右だが、剣は左手だよな? たまに右でも剣を持っているし。両利きなのか?」


「んーまあ、両利きと言えば両利きですね。ただ、普通に生活するには右で、力がいるときは左になっちゃいますね」


 ボーリングや球を投げるときは左のほうがスムーズに、力よく投げられる。なにか書くときや箸を持つのは右だ。


 だからマチェットを装備するのは右側にして左で抜けるようにしてるし、そのときはグロックは腰に移動させるかショルダーボルスターにしている。


 銃も左右どっちも使えるP90は本当に助かっている。右撃ちが疲れたら左撃ちに切り替えられるからな。


「それだとこんがらないか?」


「ないこともないですが、小さい頃からですからね、苦ではないですよ」


 ただまあ、左右使える銃が少ないのが困ってるかな。5.56㎜のアサルトライフルなら右でもいいんだが、7.62㎜とかなると左のほうが力が入りやすい。でも5.56㎜を撃ち出すMINIMIだと左のほうが抑えられるし、Hスナイパーは地面に置いたら右のほうが当てやすい感じがする。ほんと、左右使える銃を開発してもらいたいよ。


 ……まあ、いくつかあったんだが、一長一短ってなものばかりだったよ……。


 そんなことを話していたら腹の虫を鳴らしたラダリオンがやってきたので昼にすることにした。


 昼飯が終わればマルグを見て──やろうとしたらカインゼルさんが小屋のほうに住みたいと言い出した。どうしました?


「いや、夜中用を足しにいくのが面倒なんでな、狭くてもいいから小屋に住まわせて欲しい」


「カインゼルさんがいいなら構いませんが、いろいろ不便では?」


 それにここは村の外。安全面を考えてもうちのほうがいいと思うんだが。


「いや、そこは自分で稼いだ金で改造していくよ。兵士を引退したらこう言う家を建てて田舎生活をしたかったんだ」


 老後は田舎でスローライフを、ってヤツか? 異世界でもそんなことを考える人っているもんなんだな。


「しばらくは料理をもらうが、釜戸とか作ったら自ら作るよ」


「じゃあ、ゴルグに石か煉瓦で家を作ってもらいましょう。さすがに一から作っていったら何年かかるわかりませんしね」


 一から作っていくのも楽しいだろうが、カインゼルさんもゴブリン駆除をしなければものを買えない。そんなことしてたら数年がかりになるわ。


「そうだな。お願いするか」


 ってことで、午後にお茶会にやってきた奥様連中にお願いした。


 マルグのスリングショットを見て、ちょっと実戦とばかりに皆で森の奥へと入ってみて、背中に鱗があった鹿を二匹狩った。


 狩った鹿はその場でカインゼルさんが解体してくれ、狩ったマルグに食べさせた。


「美味しい!」


 それはなにより。オレはちょっと食欲がないのでご遠慮させていただきます。


「マルグ。鹿が食べたいからって一人で森に入ろうとはするなよ。オレらが休みのときまた狩りに連れてってやるから」


「わかった。かあちゃんから師匠のところまでって言われてるから」


 負けん気も大切だが、人の話を理解できるのも大切だ。ゴルグとロミーの教育(鉄拳制裁)がよくてなによりだ。


 うちに帰る頃は夕方となり、剣の訓練は止めておいて明日のために休むことにした。


 カインゼルさんは小屋のほう移ると言うので野営に使った道具を渡し、使い方を教えた。


「この蚊帳を張りますね」


 吊り下げ式の蚊帳を取りつけ、蚊取り線香(異世界の虫に効果があるかは知らないけど)を焚いた。あと、ソーラー充電式の電撃殺虫器を二つ、地面に突き刺した。


「凄いものがあるんだな」


「そうですね。便利なものです」


 あと、ソーラーガーデンライトを刺しておけば獣避けにもなるだろう。百均のを買えば十五日で消えても惜しくはないしな。


「食事のときはうちまできてください」


 さすがに持ってくるの面倒ですし。


「ああ。わかった」


 夕飯はうちで摂ることにして、今日は三人で焼き肉にすることにした。


「このビール、冷えてて肉に合うな!」


 でしょ~! 焼き肉とビール。至高の組み合わせだとオレは思う。まあ、工場作業員に焼き肉なんてボーナス時にしかできんかったけどな。


「明日からゴブリン駆除、お願いします」


「ああ。こんな美味い肉とビールが飲めるならガンガン駆除するさ!」


 人は美味いものを食えればがんばれる生き物。たくさん食べて明日を生きる糧としよう。


「タカト、そこ焦げる! 肉を焦がすなんて許しません!」


 まだビールの美味さを知らないラダリオンは肉オンリー。すっかり箸扱いが上手くなって焼き肉奉行になってしまった。


「もっとゆっくり食わせてくれよ」


 肉七ビール四が黄金比なんだからよ。


「肉を食べるときは肉と向かい合わなくちゃダメ! 肉に失礼!」


 どこぞの倶楽部の人みたいなこと言うなよ。いや、言ったかどうだかは知らないけどさ。


「ハイハイ、わかったよ」


 まあ、いい肉を買ったしな、食べることに集中するか。


「この舌肉、いいな。いくらでも食べられるよ」


 五十過ぎても肉が食えるカインゼルさん。オレも五十過ぎても焼き肉を食える胃であってもらいたいもんだ。


 ラダリオン奉行に注意されながらも焼き肉を楽しく美味しくいただいた。

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