第87話 前渡し

 十分もしないで息切れを起こし、我慢できずに地面に両手をついてしまった。


 クソ! サンドバッグなら二十分くらいは打ち続けられたのに十分も持たないとか、剣の運動量、ハンパねーな!


「……も、もう一回、お願いします!」


 息を整え再度挑むが、やはり十分も持たない。少しずつ打ち込む時間が少なくなり息を整える時間が長くなっていく。


「……す、すみません。不甲斐なくて……」


 おそらく一時間もやってないのにもう根を上げてしまった。


「ああ。水を持ってこよう」


 大の字で寝っ転がり、収まらない息をなんとか整えようとする。


「水だ」


 なんとか起き上がり、カインゼルさんが持ってきてくれた水をいただいた。


「またお願いします」


 三十分してなんとか息が整うが、腕が重い。だが、疲れたときからが勝負と言う。かんばれ、オレ!


 力が入らないが、まだ振れるとカインゼルさんへと打ち込んでいった。


「そこまで。今日はここまでだ」


 木刀を絡め取られ、足払いされて地面に倒れてしまった。


 肺が痛い。こんなに空気を吸うだなんて登山に連れていかれたとき以来だぜ……。


「やはり剣は難しいですね」


 やっと息が整い頭から水を被った。


「そうだな。だが、よく動いたほうだ。日頃から訓練してる証拠だ」


 日頃の成果を感じられないほど動けてなかった気がするけどな。


「昼にしますか」


 ヘロヘロしながらも立ち上がられ、うちへと戻った。


 お願いした場所にもう小屋ができており、ラダリオンが回りを箒で掃いていた。


「ラダリオン! 昼にしよう!」


「わかった」


 箒を木にかけ、うちへと戻っていった。


「あの短時間でこれだけのものを作るとか、巨人は凄いな」


「そうだな。馬車でも買うのか?」


「いえ、違う乗り物です。休みが終わったら畑に隠れているゴブリンを駆除しますので」


 あの広大な麦畑を歩いて回ったらあっと言う間に秋が終わってしまう。乗り物で回るのは必須である。


 必死に階段を上がり、セフティーホームに戻った。


 汗でびちょびちょだからまずはシャワーを。バスタオルを肩にかけ、パンツ姿のまま出て昼飯を買った。


 またユニットバスに戻り、体や髪を乾かし、汚れ物を洗濯機に放り込んで洗濯機を回した。


「ハァー。うちのことやってくれる人が欲しいぜ」


 C定食とワインを持って外に出てカインゼルさんに渡した。


「口に合わないものがあったら残してください」


「大丈夫。好き嫌いはないから。まあ、見たこともない料理だから好き嫌いもわからんがな。食えるならなんでも食うさ」


 日本の工場ランチを食べ出し、あっと言う間に完食してしまった。意外と大食漢?


 お代わりいけるようなのでB定食二つを持ってきて、オレもいただくことにした。


「夕方、また相手してもらっていいですか?」


「もちろんだ。それで雇われたんだからな」


「ありがとうございます。夕方まではゆっくりしててください。午後はマルグを見なくちゃならないんで」


 空の食器を持ってセフティーホームに。予定より悩んでいた五十万円もするマッサージチェアを七割引きシールを使って買ってしまった。


「初の七割引きシールをマッサージチェアに使ってしまってごめんなさい」


「誰に謝ってるの?」


「誘惑に勝てない自分にだよ」


 高額なマッサージチェアなだけに筋肉が解れていくのがわかる。これは買って損のない一品である。


 一時間くらい体を揉まれたら疲れも癒された。とは言え、無茶な運動をして壊れた筋肉繊維が治るわけでもない。そこで出したるガチャで当てた回復薬。ダメ女神は筋肉痛にも効くと言っていた。


 筋肉痛で貴重な回復薬を使うなどもったいないとおっしゃる方もいらっしゃるだろう。だが、これからどんなことがあるかわからない以上、体を強化しておいて損はないはずだ。


 少ない時間で体が作られるなら回復薬数粒くらい惜しくはない。せめてカインゼルさんと打ち合いできるまでには鍛えたいぜ。


 回復薬を一粒飲んだら体の怠さが取れ、体力が復活した。


「……凄いものだ……」


 このままゆっくり寝て曜日にしたいが、マルグを見てやらないと師匠としての立場がない。まだここで過ごすなら近所付き合いをしなくちゃいかんしな。


 奥様連中への報酬をいくつか買ってラダリオンに出してもらい、小屋に置く棚やら道具やらを買ってから外に出た。


「カインゼルさん。申し訳ありませんが、周辺にゴブリンがいるんで駆除してもらっていいですか? これの練習を兼ねて」


 ショットガンのKSGを渡した。


「これも銃なのか?」


「はい。鉄の粒を大量にばら蒔く弾を撃つ銃です。射程距離は短いですが、草むらに隠れてたり固まっているときは便利ですよ」


 外に出て使い方を教え、試し撃ちしてもらった。


「小屋にこの弾を鍵つきの箱に入れて置きます。いざと言うときのために覚えておいてください」


 セフティーホームから銃用の金庫を運び出し、ラダリオンに最初に与えたショットガンの弾、グロック17、マガジン四本、弾百発、手榴弾を五つ、銀貨を数枚。あと水と缶詰めを入れておく。


「それと、カインゼルさんだけがわかるところに隠しておいてください」


 手提げ金庫をカインゼルさんに渡した。


「中に金貨と銅貨を入れておきました。オレに万が一があったときは使ってください」


 まあ、退職金だな。オレが死んだら渡せないから前渡しだ。


「……わかった」


 なにか言いたそうにしたが、その言葉を飲み込んで受け取ってくれた。オレもこう言う歳の取り方をしたいものだ。


「師匠!」


 マルグと奥様連中がきたので、再度、ゴブリン駆除をお願いしてマルグたちのところへと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る