第86話 訓練開始

「おはよー!」


 巨人用のドアが開き、マルグが入ってきた。


「あ、師匠だ! 帰ってたんだね!」


 子供故か声が耳に突き刺さる。音を調整してくれる電子イヤーマフも買おうっと。


「し、師匠?」


「ま、まあ、流れでこの子の師匠になったんですよ」


「師匠、しばらくいるの? 新しいスリングショットを作ったからゴムが欲しいんだ! あ、とーちゃんが会いたいって!」


 矢継ぎ早に繰り出されるマルグの言葉に耳を押さえてたらラダリオンが現れてくれて止めさせてくれた。助かったよ……。


「マルグ。悪いがとうちゃんかかあちゃんを呼んできてくれ。飴やるからさ。ラダリオン」


 ラダリオンに目で合図し、飴をくれるよう伝えた。


「わかった! すぐ呼んでくる!」


 飛び出していくマルグにため息をつく。オレもエサで釣る汚い大人になってしまったぜ。


 どちらかがくる前に用意を整え、出し終わった頃にゴルグと奥様たちがやってきた。


「タカト、帰ってきたら言えよ! 待ってたんだぞ!」


 子供の声も凄いが、大人の大声はさらに凄い。ちょっとした音響兵器だよ……。


「すまんな。ゴブリンが多くて一段落するまで帰れなかったんだよ。なにかあったか?」


「ワインだよ。あの味が忘れられなくて売れとうるさいんだ。買い方を教えてくれ」


 あ、教える前に出かけたんだった。でも、結構な数のワイン……はないか。二十本なんて一日で飲み干せそうだしな……。


「わかったよ。カードを出してくれ」


 巨人の体格に合わせた請負員カードがテーブル(家の土台か?)に置かれ、酒や裁縫道具なんかの探し方を教えた。


「ゴルグが出したものは触らないと十日で消える。一度でも触れば延長はされるが、道具を売るとかはするなよ。厄介事になるからな。酒やお茶は消費するから構わないと思うが、あれもこれもと売ってたら仕事そっち除けでゴブリン駆除に奔走するかもしれない。だから、ゴブリンを捕まえてきてもらってお前が殺すようにしろ」


 百五十万円はあるが、毎日ワインを飲んでたら冬になる前にはなくなってしまうだろうよ。


「なんか、厄介なことを引き受けてしまったようだな」


「それならもう一人か二人、請負員にするか? オレは増えてくれるなら大歓迎だ」


 上前はねて生きています、とか最高である。


「あ、馬車二台くらい入るような小屋を作って欲しいんだが、頼めるか? 報酬は銀貨五枚で」


「銀貨三枚でいいよ。そんな手間でもないしな」


「小屋くらいならわたしらで作るよ。お茶やお菓子をもらってるしね」


 ロミーさんたち奥様連中が買って出てくれた。


「ラダリオンも器用だったが、巨人は男女に関係なく器用なのか?」


「そうだな。本職には遠く及ばないが、小屋くらいなら半日もかからんだろう」


 まあ、巨人にしたら積み木を重ねるようなもんだろう。このうちだって数日で建ててしまうんだからな。


「あ、これから一緒に住むことになったカインゼルさんだ。剣を教えてもらうために雇った。村の連中にそう広めてくれるか? 落ち着いたら村長さんに挨拶しにいくからよ」


「もしかして、兵士長だったカインゼル様ですか?」


 ん? 知っているのか?


「確か、モルグの兄、だったか? 前に第二城壁の改修のとき会ったな」


「やはりカインゼル様でしたか。もう死んだと聞いてましたが、生きていらっしゃってたんですね……」


 もしかしてカインゼルさんって有名人? 有名人ならなんで路上生活してんのよ? なんでセカンドライフに失敗してんのよ? なんか壮大な秘話でもあるのか?


「死んだも同然のところをタカトに雇ってもらえた。タカトともどもよろしく頼むよ」


「兵士長だったあなたがなぜ?」


「もう過去のことだ。これからはタカトに剣を教えながらゴブリン駆除に励むじじいだよ」


 初めて会った頃の落ちぶれ具合は欠片も見えない。と言うか、口調やら体つきが別人だよ。本当に同じ人だよね? この世界のヤツらビフォーアフターが激しすぎるよ!


「……カインゼル様……」


 憐憫な目でみるゴルグ。カインゼルさんの過去を知ってるからこその憐憫なんだろうよ。


 だが、オレにはカインゼルさんの過去は知らない。知りたいとも思わない。知りたいのは経験。生き残れる術だ。教わる身として敬意を持って接していくまでだ。


「ラダリオン。マルグにゴムを渡してくれ」


 話題を変えるためにラダリオンに声をかけた。


「ゴルグ。オレらはしばらくいるから用があれば夜か朝にでもきてくれ」


「あ、ああ、わかった。カインゼル様のことは村に伝えておくよ」


 ゴルグも悟ったようでそそくさと家を出ていった。


 オレらも外に出て奥様連中に小屋を作る場所を指定し、さっそく作ってもらった。


「ラダリオン。ロミーさんたちの相手を頼むよ」


 オレでは奥様連中を制御することはできない。決して生け贄として差し出すわけじゃないから勘違いしないでおくれよ。


「マルグ。あとで腕前を見せてもらうな」


「わかった。結構上手くなったんだから!」


 放置してばかりの師匠でごめんよ。


 皆さんに踏まれないよう場所を移し、カインゼルさんに木刀を渡した。


「前にも言いましたが、オレは完全な素人です。剣の構えも知りません。そのことを踏まえて教えていただけると幸いです」


 つまり、手加減してくださいってことです。


「ああ、わかっている。タカトは剣士を目指しているわけでもないしな、生き残るための剣を教えよう。まずは思うがままに打ち込んでこい。まず当たらないから本気でいいぞ」


 まだ構えてもないのに隙がないのが素人でもわかる。象と蟻くらいの実力差がありそうだ。


 だが、生き残るためには挑むしかない。まだオレは死にたくないんだよ!


 木刀を構えて打ち込んだ。

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