第285話 足跡

 エルフ。それは長命な種であり、耳が長く、魔法に長けた種であるそうだ。


 元の世界でもそんな感じのイメージ? 設定? だが、この世界のエルフは男も女もスレンダー。特段、美男美女でもなかった。


 エルフ萌えでもないのでガッカリはないが、よくこれで生きてこられたと思う。どいつも体重が四十キロもないんじゃなかろうか? 


 地下に入れる場所は町に何ヶ所かあり、昔は力があったとわかる階段で、技術もかなり高いものを持っていた壁だった。


 ……随分と乾燥してるな。魔法でもかけられてるのか……?


 地下なら水が染み出してたり湿気ってたりすると思うんだが、それがまったくない。気温も心なしか暖かい。それに、壁に埋め込まれた石が仄かに光っている。魔石か?


 四十段ほどの階段を下りると、大空間が広がっていた。


 ここも天井に光る石が埋め込まれていて、手のひらのシワが見えるくらいには明るい。あれは魔法の道具に入らないんだろうか?


 視線を下に戻すと、大空間にはたくさんのあばら屋が建てられており、スラムか難民キャンプかって感じだ。


 ここからも死体片付けに参加しているはずなんだが、食料が行き渡ってないようで、エルフ以外の人間も痩せこけていた。


「タカト、臭いよ」


 オレの護衛だとついてきたビシャが鼻をつまんでいた。ちなみにメビはミリエルを護衛してもらってます。


「そう言うな。風呂に入る余裕もないんだから」


 そもそもこの地域に風呂に入る文化がない。サウナ文化ではあるが、それも各家庭にあるものじゃない。中流階級層の娯楽みたいなもの。貧民層には無縁なものだろうよ。


 ここは、エルフたちが住む一画だからほとんどがエルフなのだが、所々に人間もいる。ここでは人間とエルフ、仲良くやれてんのかな?


「すまない。ここを仕切っている者か長老のような人に会いたいんだが、教えてもらえますか?」


 オレのことは伝わっているようで、遠巻きに見られている。オレ、恐れられてる?


 少し待っても誰も教えてくれないので、諦めて地下水が湧き出ると言う場所に向かってみた。


 そこは大空間の真ん中にあり、透明度の高い泉があった。


 こんこんと湧き出ているようで、溢れた水は大空間の四方向に流れている。どこに流れてんだ?


 湧水は自由に汲んでいいらしく、地上に運ぶのか、大きな甁を背負子に積んでいる者が結構いた。


「綺麗な水だね」


「そうだな。水の少ない土地で売ったら儲けられるかもな」


 アシッカの天然水とかで売り出せんじゃないか? まあ、たくさんの問題を解決してまでやりたいとは思わんけどよ。


 カップを取り寄せて泉の水を飲んでみた。


「……美味いな……」


 なんだこれ? なんでこんなに美味いの? うっすらとした甘味? 旨味? が体に染み込んでいくのがわかる。なんか体が清浄化されたようだ。


「あたしも飲む」


 カップを奪い取り、泉の水を飲んだ──が、あまり美味い感じではないみたいだ。


「そんなに美味しい?」


「そうだな。オレは美味しいと感じたな。もしかするとオレが水魔法属性だからってことだからじゃないか?」


 水を飲むと魔力回復する。そのとき一緒に体力も回復する。ここの水がオレの体にジャストヒットしたんじゃなかろうか?


 これを炭酸メーカーにかけてウイスキーに混ぜたら最高かもしれんな。


 空のポリタンクを取り寄せて水を汲んだ。さっそく今日の夜にでもやってみようっと。


「あ、あの……」


 ホームにポリタンクを置いて戻ってきたら、エルフの男に声をかけられた。な、なに?


「長老が会いたいそうです」


「わかりました。案内してもらってよろしいですか?」


 よかった。怖がられているんじゃなくて。


 エルフの男に案内された場所は周りのあばら屋と変わらぬあばら屋。長老と言えど厳しい暮らしを強いられてんだな。


「長老。お連れしました」


「ああ。入ってもらっておくれ」


 中から老婆の声。ずっと若いまま、ってことはなさそうだ。


「お邪魔します」


 ボロの布を捲って中に入ると、老婆と若い娘がいた。


 老婆のほうは七十歳くらいに見え、若い娘は二十歳くらいに見えた。


 長命な種族なだけに見た目だけでは判断できない。失礼がないよう銃とナイフを外してビシャに渡し、外で待っててもらった。


「初めまして。ゴブリン駆除ギルド、セフティーブレットのマスター、一ノ瀬孝人です」


 セフティーブレットを外して言おうとしたらなぜか外せなかった。な、なんだ? ダメ女神の呪いか?


「……やはりかい……」


 ん? なんだ? なにがやはりなんだ? 


「……昔、わたしが若い頃、セフティー様より遣わされた者と出会ったことがある……」


 その告白にやはりかと納得してしまった。その足跡はあったからな。


「名前は覚えてますか?」


「タチバナマサキ。お前さんと同じ顔つきで、黒髪をしていたよ」


 オレと同じ日本人か。同じ世界、同じ時代だったかはわからんがな。


「そのマサキさんは、どうなりました?」


「……一緒にいられたのは三年もなかったよ……」


 寂しそうに笑う老婆。それだけでどんな仲だったかが悟れるよ。


 しかし、この老婆と出会って三年だとしても生きた時間が短過ぎる。苛酷だったか、能力がなかったか、どちらにしても無念だったろうよ。三年も生きられなかったんだからな。


「それから、セフティーに送られた者と会ったことは?」


「ない。お主が初めてだ」


 つまり、送られる場所はダメ女神次第ってことか。となれば、前任者の足跡そくせきを追うのは難しいか……。


「そのマサキさんのことを教えていただけませんか? マサキさんの無念、オレが引き継ぎますから」


 ダメ女神に人生を狂わされた者として、マサキさんの無念を引き継いで生き抜いてやるよ。

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