第101話 市場の少女
「──タカトさん。ゴブリン狩りの報酬です」
一階に下りたら職員の女性がやってきて革袋一つ渡された。
「ゴブリンの耳、持ってきてませんよ?」
「あんな数の耳を持ってこられても困りますよ。それに、タカトさんは職員扱いの準冒険者ですから耳はいりません。事後報告でかまいませんよ」
「いや、そこはしっかり調べないとダメでしょう。不正の温床になりますよ」
そう言う身内のなあなあは悪習の元。しっかり調査しろよ。
「タカトさんはゴブリン狩りで生きてると聞いてますし、ゴブリンの狩りの報酬は安い上に上限が決まってます。あれだけ倒しても報酬は銀貨四枚ですからね」
確かに千匹以上倒して銀貨四枚──四万円くらいでは誰もやりたがらないし、不正を起こしようもないか。それなら銀貨四枚渡してハイ終わり、にしたほうが冒険者ギルドとしては楽だろうよ。
「まあ、こちらとしてもオマケでもらえるものですし、不満はありませんよ」
と言うか、橋を渡るために銅貨で欲しかったな。言ったら両替してくれるかな?
「あ、そうだ。これ、皆さんで食べてください。離所にも置いてきたドーナツってものです」
支部に何人いるかわからないが、三十箱は買ってある。離所と同じく五箱も渡せば職員にいき渡るだろうよ。
「パン、ですか? とても甘い匂いがしますが」
「まあ、似たようものですね。気に入ったらまた持ってきますよ」
銀貨の両替は今度にして支部をあとにした。
「カインゼルさん。分け前です」
革袋から銀貨を一枚出してカインゼルさんに渡した。
「いいのか?」
「オレらは買うものもないですしね。蒸し風呂でも入ってきていいですよ。オレらは町を見物しますから」
この世界で生きていくなら町を知っておく必要がある。こんなときじゃないと回ることもないのだから夕方まで見て回るとしよう。
「そうだな。せっかくだから浴びていくか」
「夕方、離所のところで落ち合いましょう。あ、念のため、無線機のスイッチは入れててください」
「わかった。そちらもなにかあればすぐに連絡してくれよ」
「了解です」
カインゼルさんとは支部の前で別れ、オレらは繁華街のほうへと向かってみた。
歩くとなると大きい町ではあるが、繁華街がそうあるわけではない。小さなリンゴっぽいものを売っている屋台で買いながら繁華街の場所を尋ねた。
「とんでもない量になったな」
両替するために銅貨五枚分買ったが、二キロくらいの量になってしまった。どうすんだ、これ?
一つ食ってみたが結構酸っぱかった。現地の人はこんな酸っぱいものを食うのか? 加工しないと食えんだろう、これ?
「ラダリオン、どうだ? 食えるか?」
「食べれなくはないけど、好んでは食べたくない」
すっかりグルメ舌になっちゃって。あ、ジンに絞って入れたら美味いかもしれんな。今日の夜にでも試してみるか。
繁華街、と言うか市場? 的なところは活気に満ちていた。
これと言って欲しいものはないが、異国情緒(異世界情緒か?)があっておもしろい。なんかわからない簾みたいな工芸品みたいなもの買っちゃったよ。どうすんだ、これ?
リュックサックに突っ込んで市場を回っていると、ラダリオンが腹を鳴かしてきたので屋台で売っていた串肉を買ってみた。
「お、美味いな、これ」
味は豚肉っぽく、塩で焼いたものだが、元の世界でも充分通じる味である。これはビールを美味くする味だ。
「これは美味しい」
ラダリオンも認める串肉のようだ。
一串銅貨三枚と他より高いものだが、それだけの味なので銀貨一枚分買ってみた。
「ラダリオン。焼肉のたれを取り寄せてくれ。塩、飽きた」
アポートポーチはラダリオンが装備してるので焼肉のたれを取り寄せてもらい、草の皿に盛られた串肉に焼肉のたれをかけた。
「うん。焼肉のたれは正義だな」
銀貨一枚分をあっと言う間に食べ尽くし、ダメだと思いつつビールを取り寄せてもらって飲んでしまった。これは美味い串肉が悪いのだ。
「ここの食い物も捨てたもんじゃないな」
すべてがそうではないだろうが、美味いものは美味く、不味いものは不味いってことだろう。これからは偏見をもたず食ってみるかな。
他に美味いもんがないか市場を回っていると、隅っこで座る少女がいた。
薄汚れていて年齢ははっきりしないが十四、五くらいだろうか? 織物の上に文字らしきものを書いた木の板を乗せ、ただじっとしている。
徴税人ではない。なにか売ってるわけでもない。ただ、じっとしているだけだった。
なんだろう? と思いはしたものの、話しかけるほど興味があるわけではない。次なる屋台を探しに向かった。
ナンのようなものになにかトマトとチーズを挟めたピザモドキ、これも美味い。ハムかサラミを入れたらもっと美味くなるかもな。
いろいろ屋台を回り、美味しいものを見つけ、腹一杯食っていたら冒険者らしき少年たちがオレたちの前を通りすぎた。
そのうちの一人が足に怪我を負っており、仲間の肩を借りている。
なんとはなしに目で追うと、先ほどの少女のところに向かった。
少女の前に怪我をした少年を座らせ銅貨一枚払うと、少女が少年の怪我をした部分に手を当てた。
仄かな光が少女の手のひらから放たれる。
──回復魔法か!?
仄かな光が消えると少年の怪我が完治──はしなかった。だが、怪我した少年の傷口は辛うじて塞がった感じだ。
「ったく。相変わらず弱い回復だな」
少年たちは少女に毒づき、礼の一つも言わずに去っていってしまった。
少女は悲しむ素振りもなく、銅貨を拾って懐に仕舞った。
「人材の浪費だな」
まったく、コラウス辺境伯領の未来は暗いぜ……。
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