第292話 白カブト

 マバルラと言う男、かなり優秀なヤツだとわかった。


 たまにいるよな。自分の賢さを隠すタイプって。オレには理解できんが、出世より大切なものが自分の中にあるんだろうよ。

 

 だが、空気を読める(と思っている)オレにはわかる。あの男は秘めたる思いがあり、裏で暗躍して出世していくタイプだってな。


 ああいうタイプとは距離を置いてたほうがいい。下手に近づくと巻き込まれるからな。


 ただ、それだけ賢いのにアシッカにやってきた理由がわからない。


 前に会った行商奴隷団、黒の二団から情報を得ておいて、こんな大人数を引き連れて行商にくるか? 普通、滅んでいると思うか、危険と判断して近づかないはずだ。


 それなのにアシッカへやってきた。費用をかけてまでな。アシッカにそれだけの価値がある、ってことだろうか?


 まあ、これからマイセンズにいかなくちゃならないのだから全面戦争するつもりはない。お前らの考えは読めている。やるんならやるぞ、こん畜生め! といった雰囲気を纏わせ、一定の距離を保ちながら接触はしなかった。


 そんなオレの対応を無視して近づいてくるなら警戒をさらに高める必要があるが、あちらもオレらとやり合う気はないようで、一切関わってくることはなかった。


「──タカト。逃げられた」


 町の外に出たアルズライズが帰ってきて、こそっとオレに耳打ちした。


「何人くらいいた?」


「足跡と野営の跡からして百人はいた」


「……なにが、目的だろうか?」


 どうも奴隷狩りとは思えないし、ゴブリンを退治にきたとも思えない。なんなんだ?


「おれにはわからないが、率いているヤツは優秀だ。引き際を知っている。おれが到着したとき去っていた」


「……様子見にきた、ってところか……」


 用意周到な男だよ。アシッカに入る前からこちらの状況は大体推察してたっぽいな……。


「行商奴隷団と敵対はしたくないな~」


「それは、あちらも思っているだろうな。数千匹のゴブリンを殲滅し、行商奴隷団の思惑にいち早く気づいて対処したヤツなんかとな」


 それはオレが臆病だから相手の思惑に気づいただけ。いや、被害妄想と言っても構わない。あいつらがなにかしてくると決めつけてたんだからな。


「早く帰って欲しい」


「食料を考えたら三日もいられないだろう。この周辺はそう豊かではないみたいだからな」


 アルズライズの読みどおり、二日で行商奴隷団は出ていった。


「……まったく接触してこなかったな?」


 職員たちに注意喚起はしてたが、そちらにも接触することはなく、運んできた物資を売ったら水を補給して町を出立していった。


「……徹底している……」


 伯爵にオレたちのことを話したかと尋ねたら、あちらは一切オレのことに触れることはなかったそうだ。


 こちらの情報を探ることもなく、そちらの情報も渡さない。まるでお互いなにもなかったことにしようといった感じだ。


「それだけタカトを警戒していたんだろう」


 それはそれで問題なんだよな。こっちは臆病からくる警戒であって、なにかを見抜いての警戒じゃない。過大評価されてたら後々面倒だわ。


「まあ、いい。カインゼルさん。二日くらいスノーモービルで周辺を探ってください。見張りがいるかもしれないんで」


 マイセンズに出発したあとに攻めてきました、とかになられると困る。万が一に備えてミリエルを残すべきだろうか?


「しょうがないの。スノーモービルも乗り熟しておくか」


 完全に乗り物に目覚めたマルチドライバー。充実した五十代で羨ましいよ。


「アルズライズはマイセンズに先行してくれるか? 雪が解けだしたらゴブリンも現れるかもしれん。拠点に適した場所を探しておいてくれ」


 ヒートソード、メガネ、アポートポーチを持っていけば一人でも苦労はしないだろうさ。


「了解した。Hスナイパーを貸してくれ。狙撃を練習したいのでな」


 こいつは完全に戦闘手段を銃に移してんな。竜を倒すことを見据えているのがよくわかるぜ。


「ああ。出発前に装備と荷物の打ち合わせをミリエルとしてくれ」


 さすがにカインゼルさんだけでは町の周辺を探るのは無理。オレも出ていかないとダメだろう。それに、伯爵との打ち合わせで体が鈍っている。マイセンズにいく前に鍛え直さないとな。


 雪中装備にして周辺を探る。だが、行商奴隷団の別動隊がいる形跡は見つけられず、なんか白熊に出会ってしまった。ハァ?


「……なんで白熊……?」


 ここはいつから北極になったんだ? いや、ここは異世界。ただ、体毛が白いだけの熊がいたって不思議じゃない。きっと白い熊の魔物なんだろうよ。


 別に火を吹いたりブリザードを吹いたりするわけでもない。ただ、デカいだけの白い熊。他に仲間がいるわけでもないんだから恐れる必要はない。


「いや、普通に怖いわ!」


 いくら銃を持っていても軽トラサイズの熊が現れたら普通にビビるわ! なんか角とか生えてるし! 赤カブトならぬ白カブトかよ! どこかに熊犬はいませんか? いたら至急オレのところにきてください!


「オレ、余裕だな!」


 いや、余裕かどうかはわからないが、パニックにはなってない。白カブトの爪を回避し、チートタイムを発動。VHS−2を構えて全弾を顔に当ててやった。


 サイズはそこそこだったが、三十発もの弾丸を顔に受けて生きているほどバケモノではなかった。絶命、はしなかったが、数分もすれば出血多量で動かなくなった。


「ゴブリンがいなくなったから出てきたのか?」


 ハァー。いたらいたで、いなければいないで危険な世界だよ……。

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