第291話 エ○フ

 寄り子たちと一悶着を予想してたんだが、七日後から暖かくなり雪が解けると告げたら急いで帰り始めた。なんで?


「冬の種蒔きだな」


 伯爵に尋ねたらそんな答えが返ってきた。


 なんでもこの辺では冬の暖かい時期に麦の種蒔きをすると春の終わりに実るらしい。本当ならアシッカでもやりたいところだが、ゴブリンに畑を荒らされて蒔けないそうだ。


 まあ、今回は土壌回復のためにも春に豆を蒔くので忙しくないが、他の領地は荒らされてないので、暖かい日に蒔く必要があるんだってさ。


 農業はちんぷんかんぷんだが、寄り子たちが慌てて帰るところからして領地の運命を左右するほどのことは理解できた。


「古い言い伝えに女神の使いは幸福をもたらしてくれるとあったが、誠にそうであったのだな」


 じゃあ、オレの幸福は誰がもたらしてくれるの? と訊きたいのをグッと堪えた。


 そもそもの原因はダメ女神。ダメ女神がゴブリンなど創り出したから今の状況を生み出しているのだ。これは単なる偶然。オレらは等しくダメ女神の失敗の代償を払わされている被害者なのだ、八つ当たりしても誰も救われないわ。


 愚痴はビールで洗い流せ。酒が美味いと感じている間は幸せな証拠だ、と部長が言っていた。


 大丈夫。オレはまだ酒が美味いと感じられている。今日飲む酒を心待ちにしている。こんなところで挫けてたまるかよ!


 マイセンズに向けて伯爵と打ち合わせしていると、例の行商奴隷団がやってきたとの報告が上がってきた。


「行商奴隷団はよくくるので?」


「アシッカのような辺境ではなくてはならない存在だ」


 町の周辺はヒートソードで雪は解けたが、百メートルも離れれば一メートルは積もっている。とても移動できるとは思えないのだが、人権などない行商奴隷団は問答無用で強行するようだ。


 アシッカの生命線でもあるからか、伯爵自ら行商奴隷団と向かい合った。


「マバルラ殿、ようきてくれた」


 伯爵がマバルラと言った者は、前に会った黒の……なんだっけ? 完全無欠に忘れたわ。


「黒の二団からゴブリンの大軍に囲まれていると聞きましたが、誤報でしたか?」


 前に会ったヤツよりはコミュニケーション能力が高そうで、普通の行商人に見えた。いや、行商人、ダインさんくらいしか知らんけどさ。


「いや、誤報ではない。数千ものゴブリンに囲まれたぞ」


 なぜか自信満々な伯爵。閉じ籠ってただけでは武勇伝にはならんでしょ。


 行商奴隷団の代表(仮)も首を傾げている。そりゃ、意味不明だろうよ。


「ここにいるタカト殿が蹴散らしてくれたのだ」


 オレに目を向ける行商奴隷団の代表(仮)に、軽くお辞儀した。二人の会話に混ざる気はないんで。


「……そう言えば、途中で風変わりな冒険者に会ったと言ってましたな……」


 風変わりなことしたっけ? こちらのほうが風変わりな一団に会った側なんですけど。


「タカト殿は、ゴブリン駆除ギルドのマスターだ。仲間たちとともにアシッカを救ってくれたのだ」


「……そ、そうでしたか。それはなによりです」


 なにか、動揺するマバルラ。なんだ?


「伯爵。オレは町の外を見てきます」


 なにかマバルラの眼差しに嫌な感じがする。少し、行商奴隷団とは距離を置いておこう。


 死体の片付けをしている者にカインゼルさんとアルズライズを呼びにいかせ、今日の護衛当番のメビに行商奴隷団を見張るように伝えた。


 しばらくしてカインゼルさんとアルズライズがやってきた。


「なにかあったのか?」


「行商奴隷団がきました。ちょっと警戒しててください」


「……わかった。ドワーフたちを集めておこう」


「アルズライズは、行商奴隷団のことを知っているか?」


 金印の冒険者なら行商奴隷団の情報を持っているはずだ。


「あまりよい噂は聞かないな。戦争を起こすために貴族と繋がっているとか、魔物を飼い慣らしているとか、事実かどうかはわからないが、冒険者の間では関わるなと言われている」


 それが差別からきているかはわからないが、マバルラの眼差しがそれを肯定しているような気がする。


「悪いが、行商奴隷団がきたほうを探ってくれ。もし、別動隊がいたら排除してくれ。責任はオレが負うから」


「そう気負うな。冒険者をやっていれば人を殺すこともある。おれの判断でやるよ」


 オレの肩を叩き、金テコバールを担いで町の外に出ていった。まったく、頼れる男だよ。兄貴って呼ばせてもらおうかな?


 ってのは冗談として、オレも町の外に出て、行商奴隷団を観察する。


 前に会った行商奴隷団は、二、三十人だったが、今回は五十人以上おり、奴隷の他に黒の外套を纏った者が八人いた。


 こいつらがゴブリンを仕向けたわけじゃなかろうが、なにか目的があってアシッカにきたのは明白だ。まさか、奴隷不足で狩りにきたのか? 


 なにが目的かはわからないが、こいつらの前で油断はできんな。マイセンズにいかなくちゃならないんだから警戒しているところを見せておくか。


「タカト様。どうかしましたか?」


 観察していると、アリサがやってきた。


 食事がよくなったせいか、それともマサキさんの血がそうさせるのか、はたまた成長期だからか、ここ数日でアリサのスタイルがふくよかになっている。


 なにが、とはハッキリ言えないが、なんかエロくなってないか? 


「ちょっとな。行商奴隷団が帰るまでエルフたちは隠れていろ」


 もし、奴隷狩りが目的ならエルフも狙われるかもしれない。行商奴隷団と関わらさせるのは避けておこう。


「……わかりました。皆にそう伝えます」


 行商奴隷団にオレの存在を知らしめるために、しばらくその場に佇んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る