第555話 女に種族は関係ない

「ちょっと待ってな──」


 説明が終わったらロミーが家を飛び出していった。ミミちゃんがいるってのに。巨人は放任主義なのか?


 テーブルに上げてもらったからミミちゃんの手から逃れられるが、放し飼いの虎の前に立っている気分だよ。


 と、一番下の子、ロックくんがヨタヨタ歩いてやってきた。あら、もう歩けるんですね~。


 今度はワニの池の縁に立った気分になってきた。お願いだからテーブルを揺らさないでね。


 ミミちゃんの興味深そうな瞳に堪えながら愛想笑いしていると、ロミーが戻てっきてくれた。ほっ。助かった。


「タカト。ダンが家を作ってくれるそうだよ」


 たぶん、顔を合わせてはいるんだろうが、巨人って髭もじゃ率が高いから判別し難いんだよな。年齢もわかり難いし。


「職人なのか?」


「いや、本職は樵だよ。でも、器用な男でね、よく手伝いに引っ張り出されるほどさ」


 今回のように、ってか。典型的な損するタイプだな。


「ダン、いいのかい? やることあるなら断ってくれて構わないぞ」


「構わんよ。タカトからもらった斧やナイフ、鋸がよくて仕事が進みすぎて、一日の仕事が午前中で終わるくらいだ。なんか仕事があるなら喜んで引き受けるよ」


 まあ、巨人が本気になったら数日で禿げ山になってしまうか。一日で家を作るような種族だしな……。


「何日か村から離れるが大丈夫か?」


「おれは一人もんだから大丈夫だ」


「ダンは仕事ができるのにね。村にきてくれる女がいなくて困ったもんだよ」


「ラザニア村、嫁不足なのか?」


 ん? そういや、若い女って見てないな。三十代と子供はよく見るが。


「んー。間が悪いってだけだね。ダンの世代は変な時代でね、ラザニア村は女が多く産まれて、街は男が多く産まれたのさ。若い女は街暮らしに憧れるからね、ほとんどが街に嫁いでいったのさ」


「都会に憧れるのは種族に関係ないんだな」


「そうだね。村の暮らしもそう悪くないんだけどね。もうちょっと我慢してたら街以上の暮らしができたってのに。ほんと、間が悪い世代だよ」


 街の暮らしがどんなものかわからんが、今の状況を見たら村の暮らしが勝っていると言えるだろうよ。服だけでも以前の継ぎ接ぎだらけの服じゃなくなっているしな。


「まあ、一人暮らしもいいものさ。嫁にケツを蹴り飛ばされ──」


 ──る、ダン。それはお前の自業自得だ。


「そんなんだからナッカに振られるんだよ!」


「うじうじしているロイドの尻を蹴っ飛ばすために見せつけでコクったまでだ」


 今蹴られてんのはお前だけどな。だが、いいヤツなのは理解した。ほんと、損をするタイプの男だよ。


「まあまあ、落ち着けって。ダンがそれで納得しているならそれでいいじゃないか。それより、仕事を受けてくれるなら今すぐ出発したい。ダン、どうだ?」


 女の口には勝てないからな。さっさと逃げ出すとしよう。


「おれは構わないぞ。なにを持っていけばいい?」


「手持ちのものだけでいいよ。必要なものはこちらで用意するから」


「それならこのままでいいな。ロミー、親父たちを頼む」


 あ、一人暮らしじゃなかったんだ。


「任せな。酒でも届けておくよ」


 なんともあっさりしたものだが、そのまま出発することにした。


「──あんちゃん、どこかにいくのかい?」


 外に向かって歩いていると、十八、九の女が現れた。誰? てか、若い娘、いるじゃん。


「仕事だ。しばらく家を開けるから親父たちを頼むな」


「あたしもいきたい! 仕事したいよ!」


 働き者な娘さんか?


「家を建てにいくんだぞ。お前、料理や繕いしかできないだろう」


「木くらい削れるよ! いいでしょう! あたしもいい服着たいよ」


 本当に人間と変わらないし、今時の娘って感じだ。ダンと同じ年代の女がこの娘と同じなら街にいっちゃうのも頷けるわ。


「タ、タカト、どうだ?」


 こちらに振るなよ。お前がモテない理由がわかったよ。押しに弱すぎだ。


「その前にこちらの娘さんは誰だ?」


「あ、妹のココだよ。おれの三つ下で十七だ」


 お前二十歳かい! 三十はいってないとは思ってたが、二十歳とは予想できなかったよ!


「巨人って髭を生やすのが義務なのか?」


「は? まあ、髭を生やすのは大人の証みたいなもんだからな。生やしてないとガキ扱いされるんだよ」


 そう言った理由からだったんだ。どこの世界もそういった風習や文化があったりするんだね~。


 まあ、巨人は彫りが深いから髭が似合うが、ないものからしたら邪魔でしかないよな。


「髭がないほうがすっきりしていいのに。ジジ臭いよ」


 若い娘は辛辣だこと。


「これだから小娘は。この髭のよさがわからんのだから嫌になる」


 四十くらいの男が言うなら貫禄もあるが、二十歳の若造が言うと滑稽にしか見えんな。

 

「ただ、汚いだけよ」


 ほんと、容赦のない娘さんだよ。


「まあ、仕事がしたいならオレは構わないよ。ただ、なにもないところだ。女には辛いかもしれんぞ」


 村から出たことがないならよけいに大変だろうよ。


「大丈夫よ。あんちゃんがなんとかしてくれるから」


 大変だなと、ダンの脚を叩いてやった。


 オレの力じゃびくともしないが、ダンの心には伝わったようで、しゃがみ込んでしまった。


「……人間に生まれたかった……」


 女に種族は関係ないぞ、とは言えず、元気だせと脚をバンバン叩いてやった。

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