第173話 逃げ恥ならぬ捨て恥
また新しい朝がやってきた。二日酔いの朝である。
……調子こいて飲みすぎたぜ……。
大人は狡く汚く二日酔いを何度も経験する生き物。まったく、人とは学ばない愚かな生き物である。
「ミシニーは帰ったか?」
辺りを見回したらビシャとメビだけがベッドで眠っており、カインゼルさんは自分の部屋に戻ったようだ。
「……ハァー。この世界にきてからほんと酒量が増えたよな……」
飲まなきゃやってられないのはわかるが、もうちょっと抑えないと早死にしそうだ。
ホームに戻ると、ミリエルもラダリオンも眠っていた。てか、まだ五時かい。相当早くに起きたな。潰れたの早かったのかな?
ユニットバスに入って熱いシャワーを浴び、さっぱりしたら水を飲んだ。あー二日酔いの朝に飲む水は美味いぜ。
しばらく座椅子でぼんやりしてたらラダリオンが起き出し、ミリエルも起き出した。
二人も早い就寝だったようで早く起きてしまったのこと。規則正しい生活ができない商売だよ。
まだ朝飯には早いので、コーヒーを飲みながら今日の予定をミリエルに話した。
「館の均しが終わって今日から建て始めるそうです」
「仕事が早いな。帰ってきたら完成してました、ってことになりそうだな」
「そうかもしれませんね。ロミーさんのおとうさんとお弟子さんが三人。そして、村の人たちも手伝いにきてますから」
「酒、足りなくなるか?」
酒もかなり出して(巨人サイズにしてな)、大容量の梅酒を追加したが、そんなにきてるなら確実に足りなくなるな。
「ゴルグさんが出してくれてるから大丈夫ですよ。報酬ならタカトさんが帰ってからで構わないとも言ってましたから」
「そっか。まあ、遅くても十日以内には帰れると思う。完成してたらご慰労会をやろうと伝えておいてくれ」
「はい。皆さん喜ぶと思います」
朝飯時間までミリエルと話し込み、すぐ食えるおむすびやハンバーガー、サンドイッチ、ファミレスのコーンスープを鍋ごと買った。
「ラダリオン。いくぞ」
三人の朝飯を持って外に出ると、ビシャとメビが起きていて、カインゼルさんとミシニーがコーヒーを飲んでいた。
朝飯ミーティングを行い、八時半までゆっくり休んでから動き出した。
「カインゼルさん。お願いします」
「ああ。何事もなければ三日後には帰ってくる」
三人を見送ったらオレらも宿を引き払ってダインさんのところへ向かった。
ミレット商会はとっくに動き出しており、樽を積んだ馬車がどこかへ出ていくところだった。
樽か。そういや部長がミニ樽愛好家だったっけ。一度飲ませてもらったが、結構いい感じに熟成されていた。オレも願かけにミニ樽熟成やろうかな? 九十日後、美味しく飲めますように、って。
店の人にダインさんを呼んでもらう。
「オレたち三日ほど外に出てきます。予定は変わらずですか?」
「はい。あと五日は滞在します」
じゃあ、問題ないな。
「もしなにかあればバイスたちを走らせてください。請負員はオレの位置がわかるので」
「わかりました。お気をつけて」
ダインさんに見送られて領都の外へ向かった。
「ビシャ。残ってていいんだぞ? ミシニーも引き受けてくれてるんだし」
オレはこれから行進訓練をする。
王が立ったときも思ったが、オレ、体力なさすぎる。だからこの期間を活かして二泊三日の行進訓練をしようと思ったのだ。
だけどビシャはオレより体力があり、山歩きにも長けている。わざわざオレに付き合う必要もない。領都に残って万が一に備えてくれててもいいのだ。
「ううん。ついていく。あたしも訓練して強くなりたいから」
まあ、やりたいと言うなら邪険にしても仕方がない。キャンプ道具を持ってきてビシャに背負わせた。
「適当に歩くの?」
「いや、西に向かう。数十キロ先に湖があるらしいんでな」
目的地がないってのも苦痛だ。湖ならいい目標になる。少し山に入るからゴブリンもいるはずだ。
……魔物もいたりするかもしれないが、そのときは即座に逃げさせてもらいます……。
一キロくらい歩いたら指標として旗をつけた棒を立てる。一本二百円くらいなので惜しくはありません。
「ビシャ。周囲を見回してくれ」
双眼鏡を渡して周囲を見回してもらってる間にオレは方位を確認し、スプレーで地面に方位を示した。
約一キロ毎に棒を立て、地面に方位を描いていく。
十キロ歩くと昼になり、ビシャに警戒してもらってホームに戻り、昼飯を持ってきた。
交代で見張りながら飯を食べ、少し休んだら出立する。
「タカト、狼だよ!」
すぐにVHS−2を構え、ビシャと背中合わせになって周囲を探った。
「方角は南西。数は五から七。こちらに気づいてる感じ」
単眼望遠鏡を出して場所を移動して南西方向を見る。
確かに何匹かこちらを伺っているが、軽く百メートルは離れている。
「オレが前。ビシャは狼を警戒しながら移動するぞ」
「倒さないの?」
「襲ってきたら倒すが、倒したところで一円にもならん。弾を無駄にしたくないからな。いや、一発脅しておくか」
グロックを抜いて空に向けて一発撃った。VHS−2はサプレッサーをつけてるので。
音に驚いて狼たちはどこかへ消えてしまった。
「ビシャ。木々が増えてきた。警戒頼むな」
お前の獣人としての勘が生死をわけるんだからよ。
「任せて!」
十二歳に頼る三十歳。情けないと言うべからず。オレはスーパーヒーローじゃなく普通オブ普通のアラサー男。生き残るために恥などとっくに捨てたわ。
周囲を警戒しながら先を進んだ。
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