第172話 今日生きれたことに乾杯
応接室的な部屋に案内され、ゴブリンの情報を教えてもらった。
「そう被害は出てないんですね」
領都の周りにいるゴブリン──上位種たるマーヌに家畜を食われてはいるが、そう深刻なレベルにはなってないし、子供が食われたと言うこともない。目障りな害獣。ここではそう言った認識のようだ。
「この辺では狼のほうが深刻だな。追い払っても追い払っても集まってくる。まあ、毛皮が売れるのでな、痛し痒し、ってところだ」
「狼はゴブリンを襲ったりはしないので?」
「不味いようで襲うこともせんよ」
羊と言う美味いものがいるんだ、不味いゴブリンなど食いもしないか。
「ただ、ここから東、マルセーズ男爵領との境でよく出ると言う話が流れてくる」
リュックサックからスケッチブックを出し、コラウス、ライダンドを描き、目撃情報を聞いていくと、王が立った位置から山づたいにいけるところだった。
「残党が逃げたか?」
全滅させたわけじゃなく二百匹以上は逃している。逃がしたものが群れを成し、ボスが立った可能性もなきにしもあらず。それとも纏める者がおらずに拡散してしまったか?
「被害が出てる情報は?」
「詳しいことは伝わってない。あの辺は小さい村ばかりでギルドの支部はないんでな」
ライダンド伯爵領には冒険者ギルドがここにしかないんだってさ。伯爵と言っても辺境の伯爵。伯爵の中では地位が低いそうだ。
「辺境伯と伯爵ってなにが違うんです?」
そもそも論ですみません。民主主義国家生まれなもんで。
「コラウス辺境伯は王家の流れを組んでいる。身分的には公爵の下、と言ったところだろう」
とはカインゼルさん。
じゃあ、領主代理もか? いや、あの人はギルドマスターと結婚したから降嫁になるのか? でも、代理までやってんだから降嫁はしてないのか? なんなんだ? 身分制があるところではどこまで訊いていいのかわからんな。不敬罪とかで首チョンパされたくないし。
「だからあんなに広い領地だったんですね」
ってことは、辺境はライダンド伯爵領みたいなものが一般的なんだ。
「カインゼルさん。ラダリオンとメビを連れて様子を見てきてもらえますか? 多いなら冬にでもいってみますんで」
距離的に四、五十キロくらいか? 道の具合にもよるが、パイオニアなら半日でいける距離のはずだ。
「了解。明日にでもいってみる。二日くらい探ってみるよ」
「お願いします。オレとビシャはこの辺を回りますから」
詳しいことは宿にいってからだな。
「ギルドマスター。ありがとうございました。大変参考になりました。なにかあればまた相談させてください」
「ああ。いつでもくるといい。ゴブリンが少なくなってくれるならこちらとしても助かる。あいつらは地味に厄介だからな」
地味にってのが意外とイラつくんだよな。
ギルドマスターに礼を言ってギルドをあとにした。
カインゼルさんの案内で宿に向かうと、ミシニーたちが食堂にいた。同じ宿だったのかい。
「もう酒盛りか?」
「今回の雇い主は気前がよくてな、ライダンド滞在中も報酬をくれるのさ」
「それは羨ましい。報酬すべてを酒代で溶かすなよ」
ここは娯楽がなにもない。飲むか買うか賭けるか、ってヤツだろう。
「タカトたちは飲まないのか?」
「これからミーティングをするんでな。終わったら飲むよ」
今日は男梅サワーと牛すじ煮込み、そして、串カツと決めている。それ以外は認めん。
「わたしも混ざっていいか? ここだと落ち着いて飲めないからな」
「構わんよ。ただ、酒は持参だぞ」
女一人。ゆっくり飲むのも大変なんだろう。オレもカインゼルさんも酒を飲むときは自分のペースで飲みたい派。女に現は抜かさないのだ。
……まあ、美人がいてくれたら場が華やかになるから嬉しいけど……。
「わかってるさ」
まずは借りてもらった大部屋で皆を集めてミーティングをすることにした。
メビは寝起きで頭は働いてない感じだが、別れてからのことはカインゼルさんに任せてある。この人がリーダーなら無理も無茶もしないんだからな。
明日も別れて行動することを伝え、主な計画を話し合った。
「今度は危険と感じたら退いてもらって構いませんが、退けない場合はオレらが応援に向かいます。ミリエルを通して連絡してください。オレもちょくちょくホームに戻りますんで」
「まあ、無理はせんさ。徹夜は堪えるからな」
ですね。オレも夜勤はゴメンである。
お互い、広場で別れてからのことを話し合う。ライダンドの情報、領都の外の情報、人のウワサ、バイスたちのこと、知り得た情報の共有をした。
「ライダンド伯爵領は概ね平和って感じですね」
なにか危機が迫ってるとか、変なことが起きていると言うこともない。ロースランでコラウスとの流通に支障が出てるってことくらい。ここでは「またか」ってくらいの感覚らしい。
「そうだな。コラウスが危機だったってのがよくわかる。タカトがこなければ滅んでいたかもしれんな」
「大袈裟ですよ。金印やギルドマスターがいるんだから乗り越えられてたでしょうよ」
オレが束になっても勝てない相手。敗けはしなかっただろうさ。
「まあ、ミーティングはこのくらいにして飲みますか。ラダリオン。出すの手伝ってくれ」
今日の晩飯は居酒屋の食べ放題の五千円コース(全メニュー出るから最高だよな)。もちろん、牛すじ煮込みと串カツがついたものだ。
「タカトといると美味いものが食えるから最高だよ」
「酒は別料金だからな」
酒つきになると六千円となる。オレが二十歳のときは五千円で飲み放題食べ放題だったのに、物価が高くなったもんだよ。
「わかってるわかってる。さあ、飲もうか。カンパーイ!」
さっさと始めてしまうミシニー。まったく、刹那的な生き方だよ。
料理を出し終えたらオレも男梅サワーを作って今日を生きれたことに乾杯した。
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