第532話 雨が降りそうだ

 朝、隊商が動き出して目が覚めてしまった。


 ……五時かよ。隊商の朝は早いんだな……。


 もうちょっと眠りたいが、うるさくて眠れる気がしない。諦めて起きるとしよう。


「おはようさん。交代するぞ」


 パイオニアの前にいたマーダに声をかけた。


「ああ。わかった」


 ライターは……広場の奥か。


 まだ眠気が残る体を動かして目覚めさせ、水を飲んで頭をすっきりさせた。


「タカト、おはよう」


 隊商の出発準備を眺めていたらビシャがやってきた。


「おはようさん。まだ眠っててもいいんだぞ」


 隊商がいなくなるまではこちらは動くことができないんだからな。


「大丈夫。しっかり眠ったから」


 一皮剥けたって感じだな。やはり、ビシャはリーダー向きだと思うよ。


「そうか。襲撃は夜だから昼寝はしておけよ」


「うん、わかった。けど、全員殺すの? 働かせたらいいんじゃない?」


 そんなことも考えられるようになったか。十代の成長は早いものだ。


「働かせるにもここから連れていかないとならないし、そいつらを管理する者も必要だ。手間をかけてもこちらに利益が少ない。それに、ニャーダ族の不満を解消しておかないと憎しみが他の人間にいってしまうかもしれない。ここできっちり害悪を始末してニャーダ族の気持ちを静めておくほうが有益だ」


 復讐はなにも生まないと言うが、復讐しないと憎悪はどんどん生まれてくると、オレは思う。


 まあ、身内を殺されたり恋人を殺された経験はないのだが、ダメ女神には深い恨みは持っている。復讐できるならやっている。それができない故に鬱屈した思いは溜まっていくばかりなのだ。


「ビシャは憎くないのか?」


「ないこともないけど、皆ほど強くはないかな? あたしは、運よくタカトたちに助けてもらって、温かい家や服、食べるに困らない食事をもらえた。なにより居場所をもらえた。ニャーダ族はよく人間に狙われるから。こうして人間の前に立てるのはタカトのお陰だよ」


 獣人を受け入れやすかったのは巨人やエルフがいたからであり、受け入れられたのは二人の性格がよかったからだ。


 なんて言うのも野暮。ただ、どう致しましてと肩を叩いた。背が伸びて、頭に手をやるのが不格好になるんでな。


「タカト、おはよう!」


「ふふ。メビは変わらずだな」


 こいつも背は伸びたが、中身は去年から変わってない。なんかホッとするよ。


「え? なんのこと?」


「なんでもないよ。さあ、朝飯の用意でもするか」


 メビの頭には不格好にならないていどに届くので、頭をわしゃわしゃしてやった。


 パイオニアの陰からホームに入り、ミサロが作ってくれた料理を運び出した。


 六時半くらいになると、隊商が馬車に乗り初めた。


「朝は食わないんだな」


 ずっと見ていたわけじゃないので食ったかもしれないが、火を使った様子はなかった。パンくらいは食べたのだろうか?


 見送りではないが、昨日の冒険者のところに向かった。


「もう出発ですか?」


「ああ。なんだか雨が降りそうなんでな。早めに出発するんだよ」


「雨ですか?」


 この世界の者は雨が降るのがわかるのか?


「山に雲がかかっているだろう。ああいうときは雨になることが多いんだよ」


 指を差した山を見ると、頂上部分が灰色の雲に隠れていた。


「あんたらも気をつけな。雨が降るとエバーズが出てくるからな」


 エバーズ? ナメクジか?


「ありがとうございます。どうぞ。途中で飲んでください」


 仲間もいるだろうから六缶パックの缶コーヒーを渡した。


「それはありがたい。これ、好きになっちまったんだよな」


「ギルドにきたら毎日飲めるようになりますよ」


 糖尿にご注意だけど。


「じゃあ」


「お気をつけて」


 リーダーらしき号令で馬車が動き出し、十分もしないで広場からいなくなった。


 街道に出て隊商が見えなくなるまで眺め、視界から消えたら皆のところに戻った。


「どうやら雨が降るらしい。雨着を用意しておけ」


「テント、張っておく?」


 と、ビシャ。


「そうだな。奪った荷物が濡れるのも困るし、三つくらい張っておくか。頼む」


「わかった。とーちゃんたちは地面を均して。馬車を引き込みやすくね」


 娘に指示されて驚く父親。まあ、見ない間に娘が成長してんだから驚きもするわな。


「マーダ。襲撃は夜だ。体力は残しておけよ。なるべく広場に血を垂らしたくない。静かに、綺麗に殺す」


 後片付けが面倒だし、なるべく証拠は残したくない。


「あ、冒険者は絶対に殺すなよ。殺すのはニャーダ族を侮辱した者らだけだ」


 そう釘を刺しておく。血に飢えた復讐者になられたら困るからな。誇りと言うもので縛らせてもらう。


「わかっている。ニャーダ族の狩りを見せてやる」


「それは頼もしいことだ。しっかり見せてもらうよ」


 なんだかオレの出番を奪われたような気がしないでもないが、あんな動きを見せるニャーダ族の中に入るほうが危険だ。オレはサポートに回るとしよう。


「雷牙。お前は、周辺を見回ってくれ。なるべく魔物に近寄って欲しくない。見つけたら追い払ってくれ。ゴブリンは殺すなよ」


 夜に忍び込んではこなかったが、広場の周辺にはゴブリンの気配が結構ある。狂乱化されたらたまらないわ。


「わかった! 任せて!」


 頼むなと、頭を撫でてやった。なんか、このモフモフ、いいな。

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