第205話 鹿

 やはりミリエルの眠り魔法はエゲつなかった。


 オレもどんなものかと受けてみたが、気がついたら朝になっていた。いや、覚悟して受けたのに、かかった感覚どころか目覚めたときになんで眠ったかもわからなかった。


 ……あれはヤバい。意識障害を起こさせるくらい凶悪なものだ……。


「なんて慄いている場合じゃないな」


 笛を短く鳴らして少年少女たちを呼び寄せた。


「どうだ? たくさん殺せたか?」


 報酬が入ってくるのはわかったが、シュールストレミングを蒔くのでよく見てなかったのだ。


「はい! もう数えるのを忘れるくらいに殺せました!」


「ゴブリンがこんなに簡単に狩れるなんて思いませんでした」


「矢、もっと持ってくるんだったよ」


 わいわい騒ぐ少年少女。それについていけないアラサーなオレ。あぁ、これがジェネレーションギャップと言うヤツなんだろうか……。


「ほら、まだゴブリン駆除は終わってないぞ、気を抜くな。お前らはロンダリオさんたちの弟子みたいなもの。師匠たちに恥じぬようにしろよ」


「す、すみません! 気をつけます!」


「うん。やはりロンダリオさんたちについていただけはある。よく仕込まれている。オレも見習わんといかんな」


 弟子にしたマルグもまともに教えられてないが、ロンダリオさんたちのやり方は学ぶべきだろう。これから若い請負員を引き入れていくんだからな。あ、引退した冒険者とか雇えないかな? 強くなくとも初心者に基礎は教えられるはずだ。考えておこう。


 各自の請負員カードを見せてもらう。


 一番駆除したのはミギスか。次にラズル、リョウナ、ルカ、ボブスの順だ。


 これは研修みたいなもんだからミリエルが眠らせたゴブリンを殺させて二十匹ずつにしてやった。


「ミリエル、ご苦労さんな。魔力は大丈夫か?」


「問題ありません。あと四回は余裕でいけます」


 あれをあと四回もできるんかい。やはりこの子は勇者とかと同行するレベルの存在だよ。


「よし、お前ら。これでゴブリンを拘束するぞ」


 インシュロックを取り寄せ、ゴブリンを後ろ手にして手首にインシュロックをかけ、足首にもかけた。


「あ、お前たち。軍手をしろ。素手でゴブリンを触るの嫌だろう」


 軍手を取り寄せて少年少女たちに配り、オレもハーフグローブから軍手に替えてゴブリンを拘束した。


 合計で四十六匹か。ちょっと引き寄せただけで百匹以上集まるとかゴブリンが豊富な地だよ。


「よし。野郎どもはゴブリンを運ぶぞ。女たちは周囲の警戒だ。オレたちが運ぶのに集中できるようしっかり警戒しろよ」


 ここは山の中。ゴブリン以外の魔物も注意しなければならない。誰かが警戒しなければならないのなら女性陣だろう。ミリエルは銃。リョウナは弓。ルカは魔法と遠距離攻撃を持つ。なら、力のある野郎どもで運ぶのが効率的だ。


 ゴブリンは大体三十から五十キロの間。上位種や特異種、王ともなれば百キロを余裕で超えるが、今回のは三十キロちょいくらいだ。


 収穫の秋だと言うのにやけに軽い。これは冬に見たゴブリンと同じくらいだぞ。


「タカトさん、どうかしましたか?」


「いや、今回のゴブリンがやけに軽いんでな、なぜなんだろうと思ったのさ」


「そう言えば、上位種といたゴブリンはもっと肥えてましたね」


 そうだな。ロンダリオさんたちと駆除したゴブリンは四十キロ以上はある体格をしていた。あの頃のほうがエサがある時期なのか?


 疑問は残るが、今はパイオニアに運ぶことに集中しよう。二キロもあるのだ、四十六匹を明るいうちに運べるかどうか。まあ、無理はせずやるとしよう。


 軽いとは言え、三十キロを引きずって山の中を進むのは苦行だ。一匹運ぶだけで額に汗が浮かんできたよ。


「しっかり水を飲んでおけ。もう一回運んだら休憩だ。ミリエル。なにか魔物は見たか?」


「鹿を何匹か見ましたが、魔物はいませんでした」


 鹿か。あの角が鋭く背中に鱗を生やしたヤツだろうか? マルグたちが追ってるなら食えるのかな?


「襲ってくる感じだったか?」


「いえ、わたしたちの姿を見たら逃げていきました」


 ってことは狩られる立場なのか。じゃあ、恐れる必要はないな。


「ルカ。ここに残ってゴブリンを見張れ。万が一のときに備えて一人、元気なまま残しておく。また運んできたらリョウナと交代。次はミリエルだ」


 そう決め、水とカロリーバーを食わせて拘束した場所に戻った。


 三回運んだら陽が落ちてきた。


「タカト。あたしらは帰る」


 もう一回いけるかな? と考えてたらラダリオンたちが帰り仕度して現れた。通いでやってたんだ。


「ああ、ご苦労さんな。オレらはここでキャンプして明日帰るよ。あ、悪いがゴブリンを持ってってくれ」


 巨人の作業員は五人+ラダリオン&マルグ。それだけいれば一人二匹ずつ運んでいけるはずだ。


「わかった」


「師匠、鹿いっぱい狩ったから食べて」


 と、マルグが頭が潰れた鹿を一匹、パイオニアの横に置いた。


「益々腕を上げたな。頭に一発か」


 すぐ逃げるような獲物の頭に当てるなんてオレにもできるか。もうオレより腕は上かもしれんな。


「うん! 毎日訓練してくれるからね!」


 まだ六歳なのに偉いヤツだよ。


「ありがとな。今日の夜にでも食べるよ」


 血抜きはしてるようだし、塩と胡椒を振りかけて炭火でじっくり焼けば美味く食えるだろう。イメージだけど。


「よし。あと一回運んだら今日は終わりだ。やるぞ!」


 少年少女たちの元気な返事を受けて拘束した場所へ向かった。

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