第206話 魔法

 この鹿、ミスズと言うそうだ。


 コラウス辺境伯領周辺地域でよく見られるそうで、毎日のように捕獲依頼が出るとか。一匹捕まえたら銅貨二十枚になるそうだ。


「うーん。独特な味だな」


 鹿肉なんて食ったことないから元の世界の鹿と同じかわからないが、牛とも豚とも違う。ましてや羊にも似てなかった。


 まあ、脂身は少なく臭みもない。不味いと言うこともないから普通に食べられるけどな。


 少年少女たちを見ると、一心不乱に食べている。これはあれだ。蟹を食っているときと同じだ。現地の人には蟹に匹敵する美味さなんだろうよ。


「ミリエルはあんまり食べないが、嫌いか?」


 魔法を使ったときは人一倍食べるのに、今は百グラムも食べてない感じだ。出身が違うと蟹レベルにはならないのかな?


「いえ、嫌いではありません。ただ食べ慣れてないので……」


「無理に食べることはない。ホームにいって食べてこい。ラダリオンの分を用意もしなくちゃならんからな」


 時刻は十八時を過ぎてる。もう家に着いてホームに入ってる頃だろう。


「すみません。いってきます」


「ああ。あと、状況を紙に書いてシエイラに渡すようラダリオンに言ってくれ」


 定時報告はしておかないとな。もちろん、館のことやカインゼルさんのことを聞いてくることもお願いする。


「ミリエル、どこにいったんですか?」


 突然消えたことに少年少女たちが驚いた。


「ゴブリン駆除員だけが使える魔法で駆除員だけが入れる空間にいったんだよ。そこで情報の共有をするのさ」


 ホームのことはもう周知の事実になっているが、正確な情報は誰にも教えてない。ここで偽りの情報をちょろっと漏らしておこう。


「駆除員って、タカトさんの他にもいるんですか?」


「いるにはいるが、オレが会ったことがあるのは数人だな。駆除員になって五年以上、生き延びたヤツはいないんで」


 オレの言葉に少年少女が息を飲んだ。


「まあ、そう深刻になるな。これでも駆除員の中では新記録を出してるんだぞ。必ず五年以上、いや、老衰で死んでやるさ。オレは凡人だが、凡人には凡人なりの戦い方がある。格好悪かろうが、泥をすすろうが、絶対に生き抜いてやるさ」


 あんなダメ女神に人生を壊されてたまるか。オレは生きて生きて生き抜いて、絶対、老衰で死んでやるんだからな! 見とけ、ダメ女神が! 


「お前たちは才能があるが、才能頼りにはなるなよ。もちろん、自信を持つことは大事だ。だが、常に強者に挑む気持ちでいれば少なくとも大負けすることはない。取り返しのつく失敗はいくらしてもいいんだ。一人で冒険をしてるわけじゃないんだ、仲間同士で支え合え」


 こいつらは羨ましいくらい才能はあるが、自力で強くなるには限界があり、この世界はそんなに優しくもない。あるていど大人が導いてやらないと成功するものも成功はしない。自分一人だけで成功するヤツはほんの一握りだ。


「まあ、オレの言葉をどう受け取るかはお前ら次第。生かすも殺すも自分次第。強く望まなければ成功はしないんだからな」


 ほんと、歳を取ると説教臭くなって嫌になる。説教できるほど人生経験豊富でもないのによ。


「お前らは食事を続けていろ。オレはちょっと周りを見てくるから」


 VHS−2をつかみ、周辺の様子を伺いに出た。


 ヘッドライトの明かりだけで見回っていると、なにかの鳴き声がした。


「……鹿か……?」


 キーだかヒーだかの鳴き声が遠くから聞こえてくる。鹿は夜行性なのか?


 一通り見回り、キャンプ地に戻ってくると、少年三人が焚き火の周りに横になって眠っていた。


 まあ、若いとは言え、ゴブリンを引きずって四往復もしたら疲れ果てもするか。少し無理させてしまったな。


「そのまま眠らせておけ。夜中に交代しよう」


 七時間も眠れたら疲れも取れるだろうし、少女二人もまだ元気な様子。オレも水をちょくちょく飲んで体力回復を行っていた。体力も気力もまだまだある。


「タカトさんも休んでいいですよ。三人より動いていたんですし」


「大丈夫だよ。体力回復の魔法をちょくちょく使っていたから」


 ミシニーによれば、属性持ちだからと言って、その属性だけしか使えないってわけじゃない。他も練習したらそれなりに使えるものなんだとか。


 体力回復や治癒はミリエルに教わっている。まあ、体力が回復するときの魔力の流れ? を覚えてるだけだが、それでも四往復しても疲れないくらいには使えるようにはなった。


 ……もしかしてオレ、魔法の才能あったりすんじゃね……?


「タカトさん、魔法が使えるんですか?」


「最近、使えることを知ったよ」


 ペットボトルの封を切り、中の水を手のひらに集めた。


「水魔法ですか。珍しいですね」


「そうなのか?」


「はい。水は重いので極めようとする人は少ないんです」


 重い? 魔法使いの用語か?


 魔力が持っていかれる感覚はあるが、重いって感覚はないな。魔法で水を創り出すのは消費が激しく、周りから集めたほうが消費が少なく済む。


 それからは毎晩水を張ったバケツから水を手のひらに集め、水球にして操る訓練をしているよ。


 そして、その水を温める──まではいってません。どうもオレは火を出し難い体のようだ。


「なんとか水球を操れるようになった。次は分離だ」


 水球を二つに。二つを四つに。四つを八つに──できず崩れてしまい、地面へと落ちてしまった。


「魔法は難しいな」


 これがどんな攻撃にさせられるかは思案中だが、今は魔法が使えることが楽しくてしょうがない。


 地面に落ちた水を集め、また水球を操って魔法の練習をした。

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