第334話 ライフナグ王国

 伯爵への報告と話し合いは二日ほどかかってしまった。


 なんだかすっかり伯爵の相談役みたいな立場になってしまったが、いつまでも伯爵にばかり付き合ってはいられない。てか、配下となる者がいないのかよ。父親に仕えていた者はどうしたよ?


「わたしが引き継いだあとに引退して領地に戻ってしまったよ」


 なんて身勝手な。いきなりいなくなったら伯爵領が立ち行かなくなることくらいわかるだろうが。


「では、寄り子の男爵を呼んで会議しましょう。そこで、経営、農業、軍事、治安、内政に携わる役職を男爵の中から選びましょう」


 男爵領は代理に任せても大丈夫な規模だ。男爵がわざわざやる必要もないだろう。


「男爵たちはやるだろうか?」


「名誉と金で釣ります。長となれば一年の報酬が金貨十枚。領地が発展すれば上げていくことにする。しばらくは魔石を売った金で乗り切れますからね」


 オレばかり損すると思われるが、その見返りとして十年は税金免除。ゴブリン駆除ギルドの支援。オレの後ろ盾となってくれれば魔石を売った金など安いものだ。


「まずは、相談と言う形で呼び、本格的にやるかは男爵たちの反応を見てから決めましょう。これは、伯爵が仕切ってください。平民のオレが一緒の場にいたら男爵たちもいい気はしないでしょうからね」


「わたし一人でやるのか?」


「そうです。伯爵様が一人でやるんです。寄り親としてね。まあ、失敗したらまた別の方法を考えますよ。経験だと思って当たってください」


 あの人たちを相手するのは大変だろうが、伯爵として寄り子を従わせなきゃならない。でなければ、寄り親寄り子制度は成り立たない。やるしかないのだ。


「あ、軍事はエビル男爵にお願いするといいかもしれませんね。奥様を通じて密かに打診してみてはどうです? まずは確実に味方になってくれる人を引き込みましょう」


 伯爵夫人はエビル男爵の妹。贔屓はできないが、軍事なら万が一反逆されてもエビル男爵が握っていればすぐに鎮圧できるだろうよ。


「とにかく、春になれば麦や豆、芋なんかを植えられます。アシッカ伯爵領は元に戻ることを強調して、相談、って体を保って話し合ってください。ダメならアシッカの領民から選ぶか、とか呟いてください」


「タカトは交渉上手だな」


「いい上司は、部下がどんな性格で、どんなことを望んでいて、どんなことをすれば気持ちよく仕事をしてくれるかを考えれば、そう失敗することはありませんよ」


 まあ、オレの理想の上司、だけど。


「そ、そうか。なんとかがんばってみよう……」


「ええ。少しずつがんばっていってください。妻と子、そして、領地を守るために」


 オレも自分を、家族を守るためにがんばります。


 伯爵の前から失礼し、ミリエルを連れてギルド支部に移動した。


「シエイラ。ご苦労様な。これから会議をしたいんだが、忙しいか?」


 オレは忙しくて嫌になっているけどな。


「大丈夫ですよ。落ち着いたところですから」


 ほんと、優秀なヤツだ。上司として立場がないよ。


 主要メンバーも会議室に集め、伯爵と話し合ったことを報告し、今後の予定などを語った。実行するのはシエイラたちだから詳しく、な。


「……相変わらずとんでもないことをしますね。一国の宰相ですか……」


「いいように伯爵様を操ってますね」


「オレたちが生き抜くためには必要なことだ。使えるものはなんでも使っているだけだ」


 凡人のオレには強力な後ろ盾が必要であり、生存圏が必要だ。コラウス、アシッカ、あともう一つくらい伯爵級の後ろ盾がいたら完璧だ。少なくとも人間社会では生き抜けるはずだ。


「それに、よくモリスの民を受け入れましたね。敵国の民ですよ。国からよく思われないのでは?」


「モリスの民は万が一の備えだ。この国での活動が阻害されたとき、モリスの民を導いてライフナグ王国に逃げ出す」


 疑問に思ってたのだが、この国、ソンドルク王国とライフナグ王国が戦争したのに、なぜライフナグ王国の民ではなくモリスの民と呼ばれているのかを。


 ライフナグ王国は多民族国家であり、モリスの民が一番多く、国王を出していたとか。だが、他の民が転覆を企て、ソンドルク王国と協力を得てモリスの民を追い出したそうだ。


 大半は奴隷にされ、辺境に追いやられ、バラバラになったが、一番多かった民。なら、万が一の備えとしてモリスの民を集め、一つに纏め上げてライフナグ王国を取り返せばいい。請負員としてゴブリンを駆除させ、銃を買わせる。


 これならゴブリン駆除ができて新たな生存圏を得られる。寿命をまっとうするなら先の先を考えておけ、だ。


「万が一のときの判断はそれぞれに任せる。自分にとって最良と思える判断をしろ。そして、備えておけ」


 ここにいる者らは主要メンバー。大切なことは教えておくべきだろう。たとえ裏切られたとしてもな。


「ハァー。とんでもないギルドに入ったものです」


「だが、先の先を見ているマスターがいるのは頼もしい限りだ」


「まあ、アシッカでの計画はほぼ成功してますしね。万が一の備えとしてわたしたちの胸の内に仕舞っておきます」


 理解あるメンバーで助かる。


 だが、奥の手は教えられない。オレが最優先で守る存在は、ラダリオン、ミリエル、ミサロなんだからな。

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