第326話 バケモノ
食事が終わる頃、ノーマンさんと同じ体型の男性がやってきた。
頭髪が悲しいことになっているが、他はバイタリティーに溢れているのがわかる。頭髪を代償にしたからか? なんて思うのは失礼でしたね。すみません。
「ノーマン、そちらがゴブリン狩りか?」
殺しじゃなくて狩りのほうがまだいい響きだな。
「マルド、失礼だろう。まだ食事中だ。先に部屋にいっていろ!」
「おぉ、それは失礼した。終わるまで待っとるよ」
そう言うとさっさと食堂を出ていった。
「申し訳ありません。騒がしいヤツで」
「お気になさらず」
理性的な好事家なんて希な存在。好事家は変なのしかいないと思っておけば大抵は流せるものだ。
気を取り直して食事をいただき、食後の紅茶をいただいた。
次男嫁と子供とは食堂でわかれる前にシュークリームが入った箱を取り寄せて渡した。奥様もお子様も攻略対象。恙無く媚を売っておきましょう、だ。
ノーマンさんに恐縮されながら別室へ。そこには先ほどのマルドと言われた男性と護衛じゃなかったらなんなんだ? と言いたくなるくらいの男が二人いた。
「待たせたな」
「いや、構わんよ。こちらこそ山黒を倒した銀印の冒険者との食事を邪魔して悪かった」
「山黒を倒した?」
と、なぜかオレに問うてきた。
「山脈を越えたら襲ってきたので倒しました」
隠すのも無駄だろうから素直に認めた。てか、もうそんなウワサが広まっているのか? それともこの人がそれだけの人物ということか?
「ゴブリンだけ駆除できていたらいいんですが、そうもいかないのが世の常。生きるためには嫌なこともやらなくてはならない。まったく面倒なことです」
「アハハ! 若いのによくわかっている」
「そうですな」
ワインを取り寄せ、テーブルに置いた。
「素面で話すのもなんですから、飲みながらといきましょう」
部屋にある棚からコップを出してもらい、各自に注いでやった。
「ほぉう。いいワインだ」
「ああ。マレアット様が気に入るのがよくわかる」
しばらくワインを楽しみ、一本空けたら山黒の魔石とマーヌの魔石、モクダンの魔石も出してテーブルに置いた。
「ほー。本当に山黒の魔石だ。だが、小さいな。これは子供のか」
以前にも見たことがあるのか、真っ先に山黒の魔石をつかみ、小さい理由も見抜いた。
「それはコラウス辺境伯領に現れた番の子供のです」
「お前さんが倒したのかい?」
「ええ。ただただ疲れただけの戦いでしたよ」
領主代理には借りをつくれただろうが、オレからしたらゴブリンの報酬が減っただけの戦いだぜ。
「謙虚な男だ」
「臆病なだけですよ。この世には能力もないのに能力以上の結果を求める人がいるんですから。まったく、求めるほうは楽でいいですよね。なんの責任も取らなくていいんですから」
「フフ。そうだな。わしもそう思うよ」
これだけの人が共感した。ってことは貴族に理不尽を言われたんだろう。そして、それを乗り越えてきたってこと。タヌキどころかバケモノじゃねーか。ノーマンさん、おっかねー人を連れてきたもんだよ。
「お前さんの持っている魔石はすべて買おう。なに、金はある。捌く裏道も持っておる。気にせず出すといい」
そう言うならと、魔石を入れてある段ボールを取り寄せた。
「ほー。思った以上に溜め込んどるな。うん。金貨二百三十枚でどうだ?」
「じゃあ、それでお願いします」
こんなバケモノと駆け引きする度胸はない。そちらの言い値で構わないさ。
「アハハ。まったく度胸がある男だ」
「あなたが怖くて妥協しただけですよ」
「お前さんは臆病だが、愚かではない。どちらかと言えば賢い臆病者だ。そして、一線を越えたら覚悟を決める男でもある。そういう男は得てして厄介だ。敵にしたら怖い存在となる。だが、味方にしたら頼もしいものとなるだろうよ」
本当にこの人はバケモノだ。巨大組織のボスと言われても納得するぞ。
「……アシッカからきたそうだな?」
「はい。この冬はアシッカの近くにある森でゴブリン駆除をしようと思ってます」
オレを見詰めながら頭の中で計算しているのがわかる。
「……そうか。また金が必要ならロズライド商会を頼るといい。大きな町には大体支店がある。まあ、コラウス辺境伯領にはないが、マイヤー男爵領にはある。なにかあれば頼るといい」
と、竜の横顔が刻まれた銀色のコインを出した。
「それを持っている者はロズライド商会の上客という証。絶対失くすんじゃないぞ」
またおっかないものを出してくる。だが、この伝は心強い。裏に精通した人なら利を与えていれば敵対しないでいてくれるからな。
「ありがたく受け取っておきます。これはその礼だと思ってください」
小瓶に入れ換えた回復薬中(五粒)を取り寄せた。
「ノーマンさんの奥様にも渡した回復薬です。大病でなければ大抵の病気は治りますよ。大量にゴブリンを駆除したときに大魔法使いがくれるのです」
「なるほど。それはありがたい。最近、心臓が痛くてな。明日にでも飲ませてもらうとしよう」
まったく疑うことなく小瓶を受け取った。心臓が痛いとかギャグか?
「毎日一粒ずつ飲んで、三粒飲んでも完治してないと感じたら残り二粒も飲んでください」
これはマルドさんを懐柔するためのものであり、オレの有用性を知らしめるためのもの。寝首をかかれたら困るからな。
「もらっておいてなんだが、貴重なものをよいのか?」
「オレは安全第一、命大事で動いてますし、回復魔法が得意な仲間もいます。回復薬はたまに飲むくらいなんですよ。貯めていても徐々に劣化し、効能が薄くなっていきますからね」
と言うのはウソ。てか、回復薬に消費期限があるのかもわかんねーよ。ほんと、とことんダメすぎる女神である。
「回復薬で一稼ぎはできんか」
「次、いつもらえるかわからないもの。健康に気をつけて長生きしてください」
「そうだな。心臓の痛みが消えたら健康に気をつけるとしよう」
「是非、そうしてください」
オレを支える後援者として、ね。
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