第325話 恩を売る

「わたしも手紙を書くので、マレアット様にお渡しください。ヨーデン。あとを頼む」


 手紙を渡したらノーマンさんが部屋を飛び出していった。なんだ?


「えーと。ヨーデンさん?」


 がっちりした体をした四十くらいの男に目を向けた。


「はい。倉庫番頭のヨーデンです。旦那様より聞いております。こちらへ」


 ヨーデンさんのあとに続いて倉庫へ。この短時間で箱に入った芋が外に出されていた。


「この箱もいただけるので?」


「はい、問題ないかと。旦那様には倉庫のものを吐き出せと言われてますんで」


「それはよかった。少し離れていてください」


 ホームに戻り、パイオニア二号にトレーラーをつけて出てきた。


「静かにしろ!」


 倉庫に集まった男たちが驚くが、ヨーデンさんが一喝して黙らせた。おっかねー。


「この荷台に載せればいいので?」


「はい。二段にして載せてください」


「やるぞ!」


 ヨーデンの一言で箱の積み込みが始まり、いっぱいになったらホームに戻り、ミリエルにアシッカへ運んでもらった。


 その間にラダリオンとリヤカーを牽いてきて、それには大麦粉の袋を積んでもらった。


 それを何回か繰り返し、夕方までには倉庫にあるものを運び終えた。じゅ、重労働だったぜ……。


「明日は豆を運び込みます」


 あ、まだあるんだ。金貨五十五枚は伊達ではないな……。


「わかりました。あ、これで一杯やってください」


 徳用ワインを二つ、ヨーデンさんに渡した。十三人なら明日には残らないだろうよ。


「あ、タカト殿。これをマレアット様にお渡しください」


 やっと現れたノーマンさんが紙の束を渡してきた。この世界、ちゃんと紙あったんだ。


「わかりました。あ、この近くに両替屋と魔石屋ってありますかね? アシッカで銅貨が不足しているんですよ」


 てか、まだ開いてる? 暗くなったら閉店か?


「銅貨ならわたしが用意します。アシッカ伯爵家から預かっている資金がありますので。魔石屋には縁がないので詳しくはありませんが、知り合いに魔石を収集する好事家がおります。珍しい魔石なら高く買ってくれるでしょう」


 珍しい魔石か。てか、なにが珍しいんだ?


「山黒の子の魔石なんて珍しいですかね?」


 一つ取り寄せてみた。


「や、山黒とは、準災害級の魔物のことですか!?」


「そうみたいですね。オレはここ一年で何匹も見てますが」


 確かに準災害級の魔物ではあったが、何度も見てるとよくいる魔物としか思えなくなってきてるよ。


「他にロースランとモクダン、ゴブリンの特異種なんかもありますよ」


 一応、全部は売らず、必要なときのために残しておいたのだ。


「……タカト殿は勇者なのですか……?」


「臆病で無様なタダの雑魚ですよ」


 恐れるノーマンさんに自虐的に笑ってみせた。


「まあ、弱いなら弱いなりの戦いがあります。それでなんとか生きているだけですよ」


 ため息を吐き、肩を竦めてみせた。


「……そ、そうですか。失礼しました……」


「お気になさらず。ノーマンさんから見たらオレは得体の知れない存在でしょうからね」


 才能がある人にはきっと理解できないだろう。卑屈になりながら生にしがみついて、無様に足掻く凡人のことなんかな。


「あ、いえ、普通の冒険者とは違っていたもので戸惑ってしまいました」


「オレは根っからの冒険者じゃありませんからね。毛色が違うのは仕方がありませんよ。魔石は預けるので好事家さんに見せてください。では、また朝にきます」


「あ、夕食はうちでどうでしょうか? 知り合いも呼びますので」


 ホームに入ろうとしたらノーマンさんに誘われてしまった。


 玄関とガレージに溜まった食料を片付けしたいところだが、ノーマンさんとのコミュニケーションも大切か。この人はアシッカを支える重要人物なんだからな。


「わかりました。お邪魔させてもらいます。ラダリオン。悪いが、片付けを頼む」


 ラダリオンは帰しておこう。いたって食べてるか黙ってるかのどちらかだしな。


「わかった」


 ラダリオンがホームに入ったら、ノーマンさんの案内で食堂に案内された。


 オレを誘う予定だったのか、テーブルには料理が並んでいた。これがここでの料理か。意外と種類があって肉もなにかのタレがかかっていた。


「あ、これをどうぞ。お誘いのお礼です」


 贈答用に買っていたワインを取り寄せてノーマンさんに渡した。


「伯爵様もお気に入りのワインですよ」


「ほぉう。マレアット様が。あまり酒が得意ではありませんでしたのに」


「伯爵様は渋味が苦手で、甘めの酒ならグイグイいきますよ。一本飲んでも酔いませんでしたし」


 あれはオレより酒飲みになるだろうよ。


「それは楽しみです。あ、息子たちもきたようです。ささ、席に」


 と勧められて席に座ると、三十くらいの男と女性、十二、三の男の子が現れた。


「次男のマルゼル、妻のライレ、その息子でマーズです。長男は王都で支店を任せておりまして、機会があれば紹介させてください」


 王都に支店とか、ノーマンさん、オレが考えている以上に大商人?


「ゴブリン駆除ギルドのマスター、一ノ瀬孝人です。タカトとお呼びください」


 あらかじめ説明してあるようで、ゴブリン駆除ギルドと言っても怪訝な顔をすることはなかった。


 ん? あれ? ノーマンさんの奥さんはいないのか?


「あ、妻は病気で寝込んでおります。紹介できず申し訳ありません」


「いえ、ご病気とは知らず失礼しました。もしよければこれを飲ませてみてください。伯爵様のためにもノーマンさんとは仲良くやっていきたいですからね。健やかにいて欲しいです」


 小瓶にわけた回復薬中五粒を渡した。


「大魔法使いが作った万能薬です。と言っても効果はそれほど強くありませんし、重病だと全快するかはわかりませんが、大体の病気なら五粒で治るでしょう。まあ、強制はしませんがね」


 まだお互いを知らない。そんな相手からもらう薬なんて怪しいだけだろう。無理なら無理で構わないさ。


「いえ。いただきます。ありがとうございます」


「それは治ってから、まあ、また今度会ったときで構いませんよ」


 これで恩が売れたら安いもの。アシッカはさらに強化される。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る