第136話 正しい評価を

 目の前に立った女性は、ミシャード・ロウ・ミシェッドと名乗った。


 領主の妹であり、ギルドマスターの妻であるその女性は覇気に満ちており、若々しさがあった。とても四十半ばとは思えない。鎧を纏い、剣を持って戦場を駆けてるのがよく似合いそうだった。


「あなたがゴブリン殺しのタカトか。思ったより若いのだな」


 そりゃあなたから見たら大抵の者は若いよ。と言ったら確実に殺される未来が見えたので黙っておきます。


「わたしの国の者は男女で若く見られますので。こう見えても三十は過ぎております」


「三十を過ぎているのか。二十歳くらいかと思ったよ」


 西洋系の人から見たら東洋系の顔立ちは若く見えると言うが、まさか十歳も若く見られるとは思わなかったよ。


「ミシャ。これはタカトからの土産だ。酒だそうだ」


「ほぉう。それは嬉しい土産だ。感謝するぞ」


 領主代理とは思えないほどフレンドリーな人だ。生粋の貴族のご婦人、ではないな。やはり戦いに身を置いた人っぽい。


 鞄を受け取った領主代理は、中からウイスキー、ブランデー、梅酒、ワインを取り出した。


「これが酒か? こんな透明な瓶、王都でもなかなか見ないぞ」


 ワインの瓶を作れる技術はあるのだから透明の瓶もあると思ったが、そこまで技術がなかったようだ。まあ、だからなんだって話だがな。


「酒精が高く、好みがあるので少しずつ試飲してください。氷はありますか?」


「用意させよう」


 用意できるんだ。魔法使いに氷を作らせるのかな?


 席を勧められて座ると、侍女だかメイドだかが現れ、テーブルに料理を並べ始めた。もう夕飯か? まだ十八時前だぞ?


「いつもはもっと遅くだが、タカトを呼んだので早くしたのだ。ミシャ。一杯だからな。ちゃんと食事をしろ」


 先ほどから酒を並べてどれにしようかとニンマリする領主代理。子供か。


「わかっている。だが、これは美味いとわたしの勘が言っているのだ」


「でしたらワインを先に飲んでは? 仲間も美味いと言っておりました」


「そうか。では、ワインからいただこう」


 侍女だかメイドだかにグラス(白濁してるが高級そう)を用意し、自ら封を切った。てか、よく回してキャップを外せたな。


「濃厚だな」


 領主代理ともなれば高級なワインを飲んでるだろうに、千円のワインのほうが濃いんだ。


「うん。美味い」


 気に入ってもらえてなによりだ。


 ギルドマスターから料理を勧められたのでいただきます。うん、味が薄い。不味くはないが、パンチがない。肉も柔らかいのに塩だけって、焼き肉のタレをぶっかけてかぶりつきたいよ。


 それでも出されたものはいただき、アルコール度数が低いワインで流し込んだ。


 食事中はしゃべらないのがマナーなのか、終始静かなままの食事で、食後のデザートはなく、なんか牛乳? っぽいものを温めて蜂蜜を入れたものが出された。ぐっすり眠れそうな味だ……。


「サイ。もう飲んでよかろう?」


「ああ。いいぞ。タカト。なにか甘いものは出せないか? シメ的なものが」


 ここにもシメとかあるんだ。どんな文化だよ。


 アポートポーチは丸めてつけてあるので、ほどいてプリンとハーゲ○ダッツを出してやった。オレは飲みかけのウイスキーと炭酸を取り寄せた。グラスは侍女だかメイドだかに出してもらった。


「これは氷菓子か?」


「アイスとプリンと言う菓子です。甘くて美味しいですよ」


 蓋を外してスプーンで掬い、目をかっぴらいたと思ったら一心不乱に食べ始め、続いてプリンに手を伸ばした。ゆっくり食べなさいよ。


 氷が運ばれてきたのでグラスに入れ、ウイスキーと炭酸を入れてハイボールにした。オレはレモンもライムも入れない派だ。


「これは、氷がいいな」


 ウイスキーの飲み方を考えている領主代理。オレ、なにしに呼ばれたんだろうな? まあ、顔合わせ、と思っておけばいっか。 


「タカト。せっかく来てもらったのにすまんな。ミシャはああなると周りが見えなくなるのだ」


「いえ。どんな方かはわかったので構いませんよ」


 酒好きな優秀な人だってね。


「ふふ。酒に弱いのは難点だが、ミシャは領主代理としては優秀だ。まあ、タカトからしたらゴブリンを片付けられないヤツだと思っているだろうが、領主がいなくてもやれているのはミシャがいてくれるからだ。他では立ちいかなくなっていただろうよ」


「優秀な人頼み、ですか。ギルドマスターと同じく仕事を一人占めしてそうですね」


「お前は遠慮なく言うな」


「失礼を言ってたら申し訳ありません。これまで身分ある方と接点がなかったので、どこまでが失礼かわからないもので」


「そうなのか? かなり学と礼儀を弁えていたから貴族なのかと思っていたよ」


「オレは一般庶民ですよ。学もありませんしね」


 高卒では学があるとは言えんだろう。成績も中の上、ってくらいだ。そう思われてるのは社会人経験があったからだろうよ。


「まあ、女神の使徒ならそのくらいできて当然か」


「単なるゴブリン駆除員ですよ。過大評価しないでください」


 ほんと、持ち上げるのは止めて。オレは凡人なんだからさ。


「ふふ。お前は本当に慎重な男だな。もっと堂々とせんと舐められるぞ」


「舐められて困る矜持なんて持ち合わせてないから構いませんよ。まあ、危害を加えてくるなら別ですがね」


 そのためにカインゼルさんから訓練を受けてるし、護身用武器は身につけている。ホームに逃げるくらいの時間は稼げるさ。


「お前の怖いところはそこだな」


 怖い? ただ臆病なだけだと思うんだがな。まったく、オレは勘違い系主人公ではないんだから評価は正確にしてもらいもんだよ……。

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