第375話 勝ってくるよ

 全力集中して周囲にある水と言う水を集める。


 時間はそれほどないが、ホームから出した水と周囲から集めた水は相当なものになるはすだ。


 ゴブリンがそこまで迫っている。


 これ以上は無理と、腰に差したヒートソードを抜き、二千度にして遠くに投げ、地面に突き刺した。


 さらにもう一本、アポートウォッチでヒートソードを取り寄せ、二千度にしてロースランがいるほうに放り投げた。


「上手くいってくれよ」


 オレは理系でも、そっち系に詳しいわけでもないが、一度、二千度のまま沼に入れたことはある。


 あれが水蒸気爆発かはわからないが、凄まじいものだった。なら、二本も使えばさらに凄いことになるはず。ましてやここは建物に囲まれた空間。周囲はゴブリンの壁。二千度に触れた水がどれだけの効果を示すかは素人でも想像できるってものだ。


 まあ、ヒートソードがどうなるかまでは想像できないが、仮に壊れたところであと三本あり、ヒートアックスまであるのだから惜しくもないわ。外れガチャならまた当たるだろうからな。


「追い詰められた人間をナメんなよ」


 特異体に人間の言葉など理解できないだろうが、オレの覚悟は伝わったのだろう。あらんばかりの雄叫びをオレにぶつけていた。


 ニヤリと笑い、チートタイムを停止。すぐにホームに入った。


 どうなるかを窓から見ようとしたが、緊張が解けたのか尻餅をついてしまった。オレ、情けねーな。


「タカト!」


「タカト、大丈夫?」


 ミサロとラダリオンが左右から現れ、尻餅をつくオレに抱きついてきた。やっべっ、見られてた!


「あ、ああ、大丈夫だ。すまないが、水をくれ」


 自分の水分まで集めたかのように喉が乾いて仕方がないよ。


 ミサロから二リットルのペットボトルをもらい、いっき飲み。人間、二リットルも飲めるもんなんだな……。


「……タカト……」


「大丈夫。落ち着いた。でも、無理したせいで力が入らんよ。回復薬小を一粒くれるか。三十分ばかり休むよ」


 回復薬小は効果は小さいが、体に負担がないのがいいんだよ。


 ラダリオンが持っていたのか、すぐに出してくれ、ゴクリと飲み込んだ。


「タカト、二人はどうしたの? 死んだ?」


「あの二人がそう簡単に死なないよ。今は隠れてもらっている。一時間後に出ろと伝えてあるさ」


 絶対的信頼があるから二人の心配なんて欠片もない。ミシニーは絶対ワインを飲んでいるぞ。アルズライズはシュークリームだな。賭けてもいいぜ。


「タカト。あたし、いこうか?」


 心配そうにオレを見るラダリオンに、オデコをピンと指で弾いてやる。


「必要になったら呼ぶよ。お前ならすぐに駆けつけてくれるからな」


 暴食が治ってから、ラダリオンの持久力と機動力は凄まじいものになっている。山黒すら蹴り上げる脚力。バレットだって余裕で撃てる膂力。小さくなってもアルズライズすら軽々と投げ飛ばせるだろうよ。


「うん。すぐ駆けつける」


 いざってときは恥も外聞もなくラダリオンに助けてもらうが、そうでないのなら自力でなんとかしろだ。三十の男が十四歳の少女におんぶに抱っこ、してましたね、ハイ……。


「EARとルンが入ったコンテナボックスを持ってきてくれ」


 ロースランには効かないと用意してなかったのが悔やまれる。こういうところが素人だよな。


 ラダリオンに持ってきてもらい、EARにルンをセット。起動させた。


 ルンに貯められた魔力が0状態のEARに充填されるまでに五分くらいかかるんだよな。


 咄嗟に使えるものではないが、充填されたら二百発は撃てるし、予備として新しいルンをつけていたら四百発まではいける。


 それにこのEAR、六角の穴から持ち手を隠すくらいの魔力壁が展開され、魔法攻撃や物理攻撃を防いでくれるのだ。


 もちろん、展開に時間制約はあるし、強い衝撃を受けたら魔力は消費するが、武器を持った者を正面から撃てるのは助かるってものだ。


 五丁にルンをセットして魔力を充填。新しいのをセットした。


 撃つだけなら二千発。生き残りが何匹かわからないが、アルズライズとミシニーがいるんだから十二分だろうさ。


「ミサロ。他のもセットしておいてくれ」


 十二分とは言え、用意しておくに越したことはない。一度した失敗は二度としない、と言えたらどんなにいいか。人は同じ失敗を何度も繰り返す生き物なのだよ。


 約束の時間まであと三十分。その場に座ったまま体力を回復させる。


 十分前になったらアップを始め、五分前になったら窓から外を確認した。


 まだ少し湯気が立ち上っているが、視界は充分。予想した通り、まだ多くのゴブリンが生き残っており、全身火傷を負い、苦痛に叫んでいるのがわかった。


「まったくしぶとい生き物だよ」


 あれで死ねたら幸せだったろうに。無駄に生命力があるのも困りものだな。


 一時間が過ぎ、EARを両手に持ち、具合を確かめたら息を深く吸い込み、ゆっくりと吐いた。


 大丈夫。オレは落ち着いている。恐怖も支配できている。


「よし。やるか」


 軽い口調で呟き、ラダリオンとミサロを見て不敵に笑ってみせた。


「勝ってくるよ」


 そう言って外に出た。

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