第491話 限定解除 *55000匹*

「……またきたのかよ……」


 部屋に戻ったらシエイラがいた。一人部屋が寂しいなら少女たちの部屋──はキツいか。オレも少年たちの部屋とか居心地悪いし。


「これはマスターのためでもあるんですよ」


 あん? なんでよ?


「マスターを一人にしたら女の子に夜這いされますよ」


「オレは二十歳以下に興味はない。きたら追い出してやるよ」


 興味と言うより倫理的にアウトだろう。この世界で許されてもオレの倫理がそれを許さないんだよ。


「わたしはいいんですか?」


「お前はもう大人だろう。自分のやったことくらい自分で責任を取れ」


 男の部屋に入ってなにか言われたとしても、それをどう説明するかはシエイラがやることだ。


「マスターはいいんですか? わたし、マスターの女と思われていますよ」


「そんなことで取り乱す年齢でもないよ。思いたきゃ思えばいいさ。オレはなに一つ困らない」


 それで責任取れ、とか言われても知るか! だ。


「難物ですね」


「そうだよ。欲求不満なら他の職員のところにいけ。お前なら選り取り見取りだろうに」


 シエイラは美人だ。まあ、出会った頃はアレだったが、今はミリエルに聞いたのか産毛やいろいろ処理をしたりして身綺麗になっている。香水も覚えたようでいい匂いもさせるようになった。


 見た目も若くなって、四歳くらい若く見える。誘われたら拒むことは難しいだろうよ。


「自分が、とはならないんですか? わたし、それほど魅力がありません?」


「魅力はあるよ」


 最初の出会いがアレだったが、見た目だけならどこのモデルだよ? って感じだからな。きっと童貞だったら誘惑に負けていたことだろうよ。


「ただ、自制心を壊すほどの魅力ではないな」


 酷いことも、失礼なこともわかっている。だが、そう言わないとシエイラは納得しないだろうから言ったのだ。


「はっきり言いますね」


「そう言わないとお前はいろいろちょっかいをかけてくるだろう」


 何人もの男を食ってそうな魔女である。はっきり言わないと納得しないだろうよ。


「いい男に抱かれたいと思うのは女の性ですよ」


「その女の性ってのが厄介なんだよ」


 そして、男の性もな。


 やれればオッケー。あとは知ったこっちゃない。なんてゲス野郎ならいいだろう。だが、オレはそこまでゲスにはなれない。なりたくもない。そんなの男としても人としても終わっているだろうが。


 生きるために汚れるなら容認しよう。だが、生きるために堕ちるのは嫌だ。それは大事なものを捨てるのと同じ行為じゃないか。


「オレは生きるので精一杯。これ以上、重いものは持ちたくないんだよ」


 オレが持てるのはラダリオン、ミリエル、ミサロだけ。これ以上は自分を潰すだけだ。


「面倒なマスターですね」


「そういうお前も面倒な女だろうが。ってまあ、どっちもどっちな人間だってことだな」


 ワインを取り寄せ、寝る前の一杯を交わし合った。


「……家庭を持ちたいならギルドを辞めてもいいんだぞ。これまでの働きに応えて金貨三十枚を渡すから」


 短い期間だが、それだけのことはしてくれた。金貨三十枚でも安いくらいだろうよ。


「わたしがいなくなっても大丈夫なんですか?」


「正直言って甚大な損失だ。シエイラは優秀で、セフティーブレットにもオレにも掛け替えのない存在だからな」


 性格はともかく能力はずば抜けている。よくサイルスさんが手放したと思うよ。


「……マスターは素でそう言うから卑怯です……」


 ん? 卑怯なこと言ったか?


「わたしがセフティーブレットにいるのはわたしの意志。マスターの側にいるのもわたしの意志。マスターはそのままで、いえ、もっと女心を理解するよう努力してください」


 ……努力で女心を理解できたら世の男性は苦労しないよ……。


 なんてことは心の中だけで呟いておく。口に出したらそれこそ女心をわかってないとどやされるからな。

 

「わたしは、マスターの側にいますよ。あなたが死ぬまでね」


 なんのプロポーズだよ? 


「それ、面倒な女じゃなく重い女だぞ」


「フフ。そうですね。わたしは重い女ですよ」


 妖艶に笑いながらも幼く見えるシエイラ。ウブな男が手玉に取られる姿が目に浮かぶよ……。


 ──ピローン!


 また脳内に電子音。なんだよ?


 ──五万五千匹突破。明日は夜明け前から土砂降りの雨となるでしょう。


 なに、いきなりの天気速報は? うちは雨天中止のホワイトギルドだぞ。


 ──よろしくやれって言ってんのよ!


 なんでオレ切れられたのっ!?


 ──シエイラ。わたしが許します。やっちゃいなさい。やる気を出させるためにワインに媚薬をぶち込んでおくよう伝えておいたから。


 はぁ? 媚薬? うっ、う? なんか体が熱いっ……。


 ──わたし権限でシエイラを特別駆除員としてセフティーホームに入る許可を与えます。館にドアを設置しました。そこからの出入りしてね。駆除員枠は残り一人。よき人材を選んでください。


 いや、ちょ、待ってよ! はぁ? どうなっているか説明しやがれ!


 ──限定解除。熱い夜を過ごしなさい。


 さらに体が熱くなり、心臓が爆発するくらい激しく鼓動を始めた。


「……マスター。いえ、タカト……」


 甘い声と吐息がオレを爆発させた。

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