第490話 利用しろ

 村長へ挨拶が終わればマルスの町に戻った。


 ミシ村に急遽向かうことにしたのは十五時時点でゴブリンを百匹は駆除できたからだ。


 運よく(ゴブリンにしたら運悪く)集団でいたので、ウォータージェットで足止めにし、二人に止めを刺させたのだ。


 シエイラはともかく、ミダばかり儲けたら他の連中に妬まれてしまう。人を交換して新人教育をするとしよう。


 マレセノーラの宿に戻ると、他はまだ帰っておらず、オレたち以外の客が泊まっていた。


 身なりからして商人だろう。石炭でも買いにきたのかな?


 まあ、オレには関係ないとチームを解散。シエイラとミダは宿のサウナに向かい、オレは食堂に向かって今日のことを文章に纏める。日報みたいなもんだな。


 日報を纏めていると他のチームも帰ってきた。


「ご苦労さん。たくさん駆除できたか?」


 報酬が加算されるのはわかっても誰が駆除したかまではわからない。と言うか、表示は基本消している。視界の横に数字があるって気が散るんだよ。


「一人二十匹は駆除できました」


 他から聞いても一人二十から三十匹だった。やはりゴブリン探知と魔法のコンボは規格外なようだ。


 ……それでも命の危機があるゴブリン駆除員なんだよな……。


「明日は請負員を代えてやる。オレについたヤツが妬まれそうだからな」


 駆除した数を教えたら驚かれた。


「いや、マスターなら当然の数でしたね。一人で数百数千を相手にする人ですしね」


 事実ではあるが、その苦労を説明しても理解してくれる者はいない。オレだって竜を倒したと言われても「へースゴ~イ」と思考停止する自信があるわ。


 とりあえず皆に汗を流させたら食事にする。終わればコーヒーブレイクしながらミーティング。今日のことを聞いて、職員に記録させた。


 それが終われば明日の組み合わせを話し合う。


 なんだかんだと二十時には解散。明日の七時半まで自由時間とする。


 スケッチブックを出して昨日の文字を書き取り練習していると、マナナがやってきた。


「おじさん。今日も勉強?」


「ああ。ちょっとでも覚えようと思ってな。マナナは仕事終わりか?」


「うん。あたしは雑用だから食器の片付けが終われば休めるの」


 下働きってことか。なんかあったな。児童労働問題とか。この世界じゃこれが当たり前のことなんだろうが、こういうのを見ると子供とか作りたくなくなるよな。まあ、今を生きるのがやっとなオレには関係ないことだがよ。


「マナナ。また知ってる文字があるなら教えてくれ。報酬は出すから」


 児童労働問題を解決させる知恵はオレにはない。社会を変えてやる力もない。だが、仕事をした報酬なら支払える。これが偽善だか慈善だかはマザーなテレサさんに訊いてくれ。矮小なオレには答えられんよ。


「わかった!」


 そこで遠慮しないのが日本人とは違うよな。まあ、このくらい強かじゃないとこの厳しい世界を生きていけないんだろうよ。


 マナナに文字を教えてもらっていると、食堂を出ていったはずの少年少女たちがやってきた。


「どうした?」


「あ、あの、おれたちも混ざっていいですが? おれら、字が書けないんで……」


 識字率なんて概念すらいない時代。辺境で文字を学べる者なんて一パーセントもいないだろうよ。カインゼルさんだって、兵士見習いになってから学んだって言っていたしな。


「好きにするといい。だが、誰かに教わったら報酬を出せよ。今のお前らなら請負員カードで物が買えるんだからな」


 異世界にきて義務教育の素晴らしさを知ったよ。字が書けて計算できるって凄いことなんだよな。


「マナナ。教えて欲しいと言われたら報酬次第とちゃんと答えろよ。タダで教えたりはするな」


「え、あ、うん。でも、あたし、教えられるほど知らないよ……」


「知っていることだけを教えたらいいんだよ。報酬も文字一つにつき飴一個で構わない。ここにいるヤツらに後ろ盾になってもらうのもいい。なんなら、その飴を誰かに小銅貨で売りつけたって構わないんだ。生きるために利用しろ」


 少年少女たちは駆け出しだ。だが、武力を持った冒険者だ。町で暮らすマナナには大きな後ろ盾となる。それを知って手出しする者は少ないだろうさ。


「自分より強い力に頼ることは悪くはない。オレもしていることだ。だが、一方的な依存はダメだ。必ず力ある者に自分が価値あることを示し、お互い利になれる関係になることだ」


 マナナにはまだ難しいことだろうが、少年少女たちには理解できるはずだ。これまで誰かの下について生きてきたんだからな。


「お前たちも下を積極的に使って味方にしろ。自分の立場を向上させろ。一人では弱くても集まれば強くなる。オレは今、そうして生きているぞ」


 少年少女たちを利用しているのは自分のため。マナナに字を教わっているのも自分のため。オレが有利になるためにやっていることだ。


「汚い大人はたくさんいる。騙してくる大人もたくさんいる。オレもその一人だ。だが、そんな汚い大人を利用して生き延びろ。オレを利用しろ。オレもお前らを利用して生き延びるからさ」


 優しく胸を張って生きられる大人でいたいとは思う。だが、現実はそうはいかない。悪意まみれの世界で搾取されないようズル賢く生きるしかないのだ。


「生きたいと思うなら賢くなれ。強くなれ。仲間を集め集団となれ。味方を増やせ。人と繋がれ。それはすべて自分のためとなり、仲間のためにもなるんだからな」


 まったく、生きるって大変だよ。


「まあ、勉強は積み重ねだ。今は文字を覚えることに集中するぞ」


 マナナに新しい単語を書いてもらい、勉強を始めた。


 ─────────────


 命の危機を感じたとき、人は本能的に子孫を残そうとする。


 ──じゃあ、一年くらい制限かけますか。子孫を残せた安心感ですぐ死なれても困るしね~。なんて、あったとかなかったとか。

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