第83話 惚れてまうやろ~!
ギルドを出たらカインゼルさんがいた。
「ゆっくりでよかったんですよ」
あれから三十分も過ぎてない。急いで食べたら胃を痛めますよ。
「雇われた以上、仕事は真面目にやらんとな」
兵士としての血が目覚めたのかな? 心なしか背筋も伸びて気配が変わっている。まさに歴戦の戦士って感じだ。
「そうですか。なら、いきますか」
いざ、ラザニア村へと歩き出したら募金箱を持った子供が現れた。
……そ、そうだった。ここにも徴税人がいたんだった……。
「おじさん、お帰りなさい!」
こっちの徴税人は愛嬌を武器になると知ってやがる。てかこの子、女の子なのか? ここの子供は皆痩せこけていて髪はボサボサ。ボロ服を着てるから性別の見分けもつかんのだよな。
「ああ。教会の子供はお恵みをもらわないと生きていけないのか?」
「うん。働けないからこうしてお恵みをいただいてるの」
ここでは福祉とかの概念はないんだろうな。嫌な時代だぜ。
「そうかい。ほら、恵みをやるからどっかいけ」
銀貨を出して箱に入れてやった。
「ありがとう、おじさん!」
「はいはい」
手を振って追い払ってやった。
ハァー。せっかく徴税人から解放されたのに、また通行料を取られるのかよ。神は搾取するしかできんのか?
「タカトは優しいな」
「ただの気まぐれですよ」
カインゼルさんのちゃかしに肩を竦め、先を進んだ。
ミスリムの町へ向かう辻馬車は東門にある。ちなみにだが、南門が正面となり、冒険者ギルドは南の中央通りと呼ばれるところにある。教会は東側だな。
「タカト。お腹空いた」
ラダリオンに言われて腕時計を見れば十二時を過ぎていた。さっきハンバーガー食ってたじゃん。
「カインゼルさん。この辺に宿屋はありますか? 水場があればそこでカインゼルさんの身なりも整えましょう」
ちょっと、いや、かなり臭いので、さっぱりしていただけると助かります。
「なら、こっちだ」
何十年と街を守ってただけあり、迷うことなく宿屋へ案内してもらい、オレが入って交渉した。
「カインゼルさん。先に水場にいって体を洗っててください。石鹸とか服とか用意してきますんで」
「あ、ああ、わかった」
オレの足と比べてから部屋へ向かい、セフティーホームに戻った。
まずラダリオンの腹を落ち着かせるために某セルフ定食屋の料理を買った。ビュッフェは多すぎるが、セルフ定食屋ならその日のうちに消費できる量なのだ。
昼飯を買ったらカインゼルさん用の下着や靴下、靴、ズボン、シャツ、バスタオル、石鹸、スポンジ等々を買って水場へと向かう。
「お待たせしました。石鹸で体を洗ってください」
この時代にも石鹸はあるそうで、高価ではあるがちゃんと店で売っているもの。使い方はわかるはずだ。
「いいのか? こんな高価なものだろうに」
「安いやつなので気にせず使ってください。余ったら捨てて構いません。今まで着てたのはこれに入れてください。宿の者に捨ててもらいますから」
大銅貨五枚のところを銀貨一枚払ってある。多少の融通は利いてくれるだろうよ。
「わかった。蒸し風呂に入って構わないか?」
「蒸し風呂? そんなものあるんですか?」
この時代にサウナなんてあるのか? ラザニア村やマルスの町では見なかったぞ。
「ああ、第三城壁街に蒸し風呂がある宿は少ないが、第二城壁街には結構あるんだよ。わしは、蒸し風呂が好きでな、せっかくなんで入りたいのだ」
あれだと指を差す方向に煉瓦作りの小屋があり、煙突から煙が出ていた。この世界、オレが思う以上に発展してたりする?
「まあ、構いませんよ。宿の者には伝えておきますんで」
下着の着方や水を置いて、宿の者に伝えて部屋へ戻った。
セフティーホームに戻り、オレも昼飯をいただく。一時間くらいでカインゼルさんのところにいったらバスタオルを腰に巻いて涼んでいた。
……サウナってそんなにいいもんなのかね……?
オレは別に風呂好きでもないし、疲れてもない限りはシャワーで済ませる。飲み会のあと年上の先輩にさそわれてサウナにいってたが、オレにはそのよさがわからんかったよ。
「すっきりした感じですね」
垢が落ちて生気が戻ったからか、とてもじいさんには見えない。それどころかナイスミドルになってる。なんとなくジェームス・ボンドの俳優(名前は知らないけど)に似てるな。
「……ああ。生き返ったって感じだな……」
なんだろうな。オレはなんて映画の中に紛れ込んだのかと思うくらい主人公然としたばかりの人が多いよな。だったらオレは主人公を支える脇役──いや、それは恐れ多いか。途中で死ぬ殺られ役がお似合いだな……。
「金を貯めて豊かな老後にしてください」
「ふふ。それもいいが、どうせならわしは戦場で死にたいよ」
遠い目をするカインゼルさん。
平和な世界で育ったオレには理解することはできないが、カインゼルさんにはカインゼルさんなりのアイデンティティーがあるのだろう。オレがどうこう言える資格はない。
「すまんな。年寄りの戯れ言だ。忘れてくれ」
「現状に厭きたらいつでも言ってください。そのときはカインゼルさんを見送りますから」
ゴブリン駆除に捧げる人生とかクソだしな。強制はできないよ。
「ふふ。不思議なあんちゃんだな。いや、雇い主にあんちゃんは失礼か」
「好きに呼んでいいですよ。カインゼルさんから見たらオレなんてはな垂れ小僧みたいなもんですからね」
歴戦の戦士と張り合うのもバカらしい。「サーイエッサーのみだ! このゴミども!」とか怒鳴られたら洪水を起こしているところだ。
「いや、あんちゃん──いや、敬意を込めてタカトと呼ばせてもらうよ」
なんか名前を呼ばれてるだけなのに気恥ずかしいな。
「タカトは自分で思うほどはな垂れ小僧じゃないさ。己の弱さに気がついて強くなろうとしている男の顔をしている。それに、タカトは力より頭で戦う類いだろう? 隊を率いるならタカトのような上官が信じられるさ」
格上の人に褒められたことに顔が赤くなり、思わず俯いてしまった。
そんなこと言われたら惚れてまうやろ~~! いや、人としてだからね!
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