第82話 カインゼル
このじいさん何者? ってくらい街のことに詳しすぎた。
「わしは昔、兵士をやっておったんだよ」
オレが訝しげになったのに気づいたのだろう。
十五から五十過ぎまで兵士としてコラウス辺境伯に仕えてきたそうだ。
どうも兵士の定年は四十歳までみたいだが、じいさんは兵士長まで登り詰めたことで五十歳まで続けられたとか。なのに退職金は微々たるもの。五十過ぎからのセカンドライフは厳しかったようで路上生活となったそうだ。
「じいさんは戦いには出たことあるのかい?」
兵士は街を守るためにいるとか言ってたが、十五歳からの叩き上げなら戦いの一つでも参加してても不思議ではないらずだ。
「ああ。若いときはゴブリンの大軍とも戦ったし、辺境伯様と戦争にもいったよ」
せ、戦争とかあるんだ! いや、ダメ女神が魔王とか言ってたな? 魔王軍とかいたりするの!? マジ止めて欲しいんですけど!
「じいさん、歴戦の戦士じゃん!! なんで路上生活してんのよ!?」
なぜそれでセカンドライフを失敗する? 見習い冒険者に剣を教えたりとかできるじゃん。やりようはあるじゃん。
「剣ばかり振るってきた年寄りに仕事なんてないさ。たまに力仕事にありつけて、あんちゃんみたいなヤツから恵んでもらって生きてるんだよ」
ここの領主、大丈夫か? ちゃんと統治できてる? フランス人なら革命起こされてるぞ。日本人なら一揆だわ。
「じゃ、じゃあ、じいさん。オレに雇われないか? いや、雇われませんか? 恥ずかしい話ですが、オレは剣で戦った経験がないに等しいんです。この歳で学ぶには遅いかもしれませんが、時間があるときに教えてください。衣食住、オレが面倒みますので」
ルスルさんからもらった報酬をじいさんに渡した。
「あ、あんちゃん、本気か!?」
「本気です。せめてゴブリン五匹と戦えるくらいにはなりたいので」
「いや、ゴブリン五匹は少なすぎるだろう。いっぱしの兵士なら十匹はいけるぞ」
兵士強すぎ! そしてオレ弱すぎ!
「オレは飛び道具での戦いが主なので、直接戦闘するのは数えられるくらいしかないんです」
「それはそれで凄いな。どんな弓士でも直接戦闘は両手で数えるくらいやってるぞ」
弓士も強すぎ! 泣けてくるよ!
「どうでしょうか?」
「本当にわしでいいのか?」
「もちろんです。まあ、オレたちはゴブリンを駆除することで生きてるので、ゴブリン駆除も手伝ってもらうと助かりますが」
少年漫画のように修業に明け暮れるわけにはいかない。駆除しなきゃ食っていけないんだからよ。
「ゴブリンくらいなんでもない。こんな年寄りで構わないのなら頼むよ」
ってことでじいさんをゲット! あ、自己紹介してなかったわ。
「オレはタカト。こっちはラダリオンです。巨人ではありますが、今は魔法で小さくなってます」
「そ、そうか。わしは、カインゼルだ。よろしく頼む」
「オレたちは冒険者ギルドに用がありますので、ゆっくり食べてからきてください」
アポートポーチからベルト、マチェット、ナイフを取り寄せ、カインゼルさんの前に置いた。
「丸腰じゃなんですし、これを使ってください。ラザニア村に帰ったらちゃんとした装備を渡しますんで」
「いや、これもちゃんとしたものだろう。なんだ、このナイフは? もう芸術品だぞ」
三千円もしないものなんだが、まあ、この時代の人からしたら芸術品になるか。
「消耗品です。気にせず使ってください。じゃあ、冒険者ギルドの前で落ち合いましょう」
さっさと済ませて昼にしないとラダリオンの腹の虫が爆音をあげるからな。
まだ大丈夫なラダリオンを連れて冒険者ギルドへ向かった。
ギルドにやってくると、昼近いせいか人はそれほど混雑しておらず、職員も心なしか少なくなっていた。昼は交代で休んでるのかな?
シエイラさんも見当たらないので空いてるカウンターで尋ねてみた。
「タカト様ですね。こちらへどうぞ」
と、二階へ案内されてサイルスさんの部屋に通された。この人、毎日書類仕事してるんだろうか? だったら大変だな……。
「数日振りです」
「ああ。随分と早い戻りだな? ゴブリンは狩れなかったのか?」
「いえ、五百匹は狩れました。たぶん、これに詳しく書かれているかと。ルスルさんからです」
さらに書類を渡すのは気が引けるが、読んでもらわなくちゃ始まらないのだからがんばって読んでくださいな。
羊皮紙を受け取り、内容を読むサイルスさん。
「……どうやら本当のようだな。ホグルスにミダリーか。また厄介なのが出たものだし、厄介なものを倒したもんだ。ゴブリン駆除で生きているのは本当のようだな……」
まあ、毒にも薬にもならない害獣を倒して生きてます、なんて言ってもこの世界のヤツらには理解できんだろうよ。オレだって理解したくないと今でも思ってるんだからな。
「わかった。ギルド本部からも報酬を出そう。五百匹も駆除してくれたのだからな」
そう言って呼び鈴を鳴らすと職員と思われる女性が入ってきた。
「銀貨二十枚を持ってきてくれ。ゴブリン狩りの報酬を払う」
「ぎ、銀貨二十枚ですか!? 一月分の予算ですよ?」
ゴブリン狩りの予算、少なくないか? 一月が何日かはわからないが、銀貨二十枚って二十万円だ。街の予算としてはないも等しいだろう! おそらくコラウス辺境伯の周囲には数千ものゴブリンが生息してるぞ!
……カインゼルさんの話といい、サイルスさんの話といい、コラウス辺境伯が無能に思えて仕方がないよ……。
「構わない。それ以上の働きをしてもらったからな。それどころか銀貨二十枚では申し訳ないくらいだ」
ってことは安い報酬なんだ。まあ、使い道がそうないんだからいくらでも構わないさ。
女性が下がり、しばらくして銀貨二十枚を布にくるんで持ってきた。
「次は街の周辺をお願いしたい。麦が実る前に減らしておきたいのだ。人手が欲しいときは遠慮なく言ってくれて構わないから」
街の周辺か。まあ、群れてないから楽そうではあるか。
「わかりました。少し休んだらやってみます」
「ああ、頼むよ。次はもう少し報酬を上げておくんでな。あと、ミルクティーを売ってもらえるか? あまりにも美味くてすべて飲んでしまったんだよ」
ミルクティー中毒になっちゃったか?
「わかりました。持ってるだけお売りしますよ」
箱買いしててよかった。ミルクティーはラダリオンもよく飲むんでな。
アポートポーチから一・五リットルのミルクティーを六本を取り寄せた。
「銅貨十枚でいいですよ」
「もうこれがないとやってけなくなってるよ」
金を払い、一本開けてラッパ飲みをした。糖尿になっても責任は持ちませんからね。
「次も頼むよ!」
一・五リットルを飲み干すサイルスさん。ほどほどにしなさいよ……。
「わ、わかりました。次はもっと用意しておきますよ」
そう返事をして部屋をあとにした。
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