第84話 スコーピオン

 なんとか平常心を取り戻してカインゼルさんに服を着させた。


「靴は大まかに選んだので、合わなかったらまた買い直しますね」


「いや、大丈夫だ。今まで履いていた靴に比べたら天を歩いているようだ」


 その例えはわからないが、不満がないのなら構わないか。どうせ十五日で消えてしまうんだからな。次回、ぴったりなのを買えばいいさ。


「食事、どうします? 宿の食堂で食べれるそうですよ」


 セフティーホームから持ってきてもいいが、長いこと満足に食べてないところに元の世界の料理は胃に悪いだろう。なら、まずはこちらの料理で胃を慣らしたほうがいいはずだ。


「先ほど食ったが、軽いものを食っておくか。いきなり食うと胃が痙攣を起こすからな」


 さすが元兵士。そう言うことも知ってるんだな。


 食堂に移り、ウェイトレスのおばちゃんに軽めの食事をお願いし、なんか茶色い粥みたいのが運ばれてきた。


 食欲が一ミリも湧いてこないものをカインゼルさんは美味しそうに食べ、布袋からオープンカフェで買ったワインを出して飲み出した。


「やはり食えると言うのはいいものだな」


 その言葉で路上生活の大変さがわかると言うものだ。


 少し落ち着いたところでカインゼルさんに請負カードを発行して渡した。


「それに名前を告げるとゴブリン駆除の請負員となれます」


 そう切り出して説明した。


「本当は仲間としたいところなんですが、請負員になるとお互いの気配がわかるようになり、請負員特典を受けられるんです」


 チームになればセフティーホームに入れ、ゴブリンを駆除できたら五千円が入るが、タブレット操作はオレしかできない。


 ラダリオンは食べ物にはうるさいが、他のことには寛容だ。オレのパンツでも構わないってくらいにな。あ、オレが穿いたヤツではなく新品のヤツね。


 なにより、セフティーホームにプライベートはない。お互い気を使い合うなら請負員のほうがいいはずだ。


「ゴブリンを倒すと金がもらえるのか。奇特なヤツもいるんだな」


「そうですね。全財産と技術を注ぎ込んだと聞いてます」


 本当は、いろいろ注ぎ込むところを間違えてるダメ女神だけど。


「せっかくですから、帰りは辻馬車を使わずゴブリンを駆除しながら帰りますか。オレが使ってる武器がなんなのか教えておきたいですし」


「その肩にかけてるものか?」


「ええ。銃って言う飛び道具です。原理は弓矢と同じです」


 いや、違うから! とかの突っ込みは受付ませんので。


「それでゴブリンが殺せるのか?」


「これは威力が小さいので頭にでも当てなければ即死させることはできませんが、弾──礫が矢一本より安いんです」


「ほぉう。それはおもしろいな」


「興味があるなら使ってみますか? 慣れたら弓より楽ですよ」


 使いこせるかは別問題だがな。


「ああ、使ってみたい。タカトが近接戦をまったくしない理由が銃ってヤツだろう? どんなものか興味がある」


 と言うことで帰りは歩きにして、ゴブリンを駆除しながらってことにした。


 カインゼルさんを食堂に残し、セフティーホームに戻ってラダリオンに話をつけ、いろいろ準備をして戻った。


「銃を使うなら装備も換えますね」


 一旦ベルトを外してもらい、グロック17のホルスターとマガジンポーチをつけ足し、弾の入ってないグロック17と空マガジンを差した。


「いきなり知らない武器は危険なので弾は外しておきます。今は装備した感じがどんなものか慣れてください。あとこれを」


 いろいろ買ったサブマシンガンの一つ、CZ−スコーピオン−EVO3を渡した。


 9㎜弾を使うクセにサプレッサーをつけたらアサルトライフル並みに長くなって買って失敗したかな? ってものだ。百八十センチはあるカインゼルさんなら問題ないだろう。


「街を出るまで弄っててください。多少乱暴に扱っても壊れませんから」


 雑誌には汚れに強く車に引かれても壊れないとか書いてあったよ。


「これには名前があるのか?」


「スコーピオンEVO3。まあ、スコーピオンと呼んでください。毒を持った甲殻の虫の名前です」


 よくわからん英語はわかりやすいよう呼ばせていただきます。


「……スコーピオンか……」


 そう呟くとと弄り出した。


 三人で街の外を目指し、東城門を潜って一キロくらい歩いたらスコーピオンのマガジンを取り寄せ、弾を一発入れてカインゼルさんに渡した。


「これはマガジンと言って弾を入れる箱です。まずはここを押してマガジンを外してください」


 初めての人には理解し難いだろうと思いきや、カインゼルさんの理解力がハンパない。一発撃つごとに理解していき、三十分もすれば手慣れてきた。


「……この世にはこんな凄いものがあったんだな……」


「それを買うにはゴブリン百匹くらい駆除しないとダメですし、弾は五発で銅貨一枚はかかります。食っていこうとしたら一日三十匹は駆除しないといけません。剣で戦えたらボロい商売になるんでしょうけどね」


「それでもタカトは食っていけて、わしを雇えるくらいに稼いでいるのだろう?」


「運が悪くてたくさん相手しなくちゃならない状況に陥っているだけです」


「タカトにはその状況を乗り切れる運と知恵があるってことだろう。弱いなどなんら問題にならない。その実績があれば上官として信じるに値する。無能上官は運も知恵もないどころか部下を死に追いやるからな」


 そんな上官の下にいたのだろう。目が笑ってないよ。


「タカト。ゴブリン」


 おっと。教えることに夢中でゴブリンの気配を見落としていたよ。ラダリオンがいてくれてよかった。


「相変わらずいるな」


 至るところの草むらの中にゴブリンが隠れている。これでなぜ農作業できているのかが意味わからない。


「タカトはゴブリンの位置がわかるのか?」


「ええ。ゴブリンの位置はね。他の魔物とかはまったくわかりません。ラダリオン。メガネを貸してくれ」


 暗視、熱源探知のメガネをもらい、カインゼルさんにかけさせた。


「周りを見てください。赤くなってるところに熱を放つ生き物がいます。そこに向けて弾を撃ってください」


「わ、わかった」


 よく狙って引き金を引くと、草むらに隠れているゴブリンへとヒットした。


「お見事。まだ生きているんでもう一発撃ってください」


 逃げようとするゴブリンの背中にまたヒット。報酬が入ってきた。


「これならゴブリンなど的でしかないな!」


 戦いに慣れている人はおもしろいと思えるから羨ましいよ。オレはこれまで銃を撃つことをおもしろいと思ったことはないのにな。


「先を進みながら見つけたら撃ってみてください。あ、人には注意してくださいね」


「ああ、そんな下手は打たないよ」


 次々とゴブリンを撃ち殺していくカインゼルさん。もうカインゼルさんに任せて上前で生きていこうかなと考えてしまうよ……。

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