第352話 平和はホームに

 ちょっと落下してウルトラマリンが湖面に着水した。


「おー! 浮いてる~!」


 当たり前っちゃー当たり前なのだが、人生初のジェットスキー。なんか素敵にブルジョワジャ~ン。


「──まっ、ここが南の海だったら、だけど」


 灯りはウルトラマリンとヘッドライトだけ。なんの感慨も湧いてこないよ。


「ただ、恐怖を感じないのはありがたいな」


 こんな広い地底湖に一人とか恐怖でチビりそうなのに、なぜかそんなに恐怖は感じなかった。


「いや、いざとなればホームに戻れることが精神的負担を軽くしてるんだろうがな」


 何事も保険は大事、ってことだ。


「よし。やるか」


 ウルトラマリンのエンジンをかけ、二分くらい暖気してゆっくりと進ませた。


 オートマップをジップロックに容れ、背中のバックに仕舞っている。


 壁沿いをゆっくり進んでいき、地図を広げていった。


 穴からゴブリンがいたところまで約一キロ。そう考えると、外周は四、五キロにはなるか?


 ゆっくりってこともあるが、今日中に終わる気がしない。ここ、どんだけ広いんだよ。


「これは、一旦ゴブリンがいるところにいったほうがいいか?」


 エンジン音に寄ってくる存在もおらず、空中を飛んでくる存在もいない。飛ばしても問題ないだろう。


 徐々にスピードを上げていき、四十キロでゴブリンがいた方向へ向かった。


「意外と波打つな!」


 ぐわんぐわんと跳ねる跳ねる。波のないところでこれなら海じゃどうなんだよ? 何事も練習が必要ってことだな。


 ゴブリンがいたところに近づいてきたのでスピードを緩める。岩とかあって激突とか洒落にならんからな。


 ちょっとずつアクセルを吹かしながら近づいていき、ライトをスポットにしたら岸が見えてきた。


 エンジン音でゴブリンが逃げたようで、気配は感じられない。奥に続いているようだ。


「臭いな」


 地上まで流れてくる臭いとは違う。これは、ゴブリンの臭いか? ちょっと狂乱化したときの臭いに似ているな。


 ガゴンとウルトラマリンの底になにかが当たった。


「こっち側は浅瀬になっているんだな」


 よかった。これならホームにも入りやすいよ。


 ブーツに魔法をかけてウルトラマリンから降りた。


「深さは膝のやや下くらいか」


 バックからロープを出してハンドルを縛りつけ、近くの岩に括りつけた。


 グロックをボルスターから抜き、岸に上がった。


「……なんの骨だ……?」


 やたらデカい骨があちらこちらに散らばっており、ゴブリンが生活している様子が見て取れた。


「なんの骨かはわからないが、食料は足りているわけか」


 地上に出てきたゴブリンは痩せこけていた。ここのゴブリンとは別グループのゴブリンってことか? 別グループのゴブリンはそれだけか?


 また悶々と考えていると、ゴブリンの気配が近づいてきた。


 プレートキャリアから耳栓を出して耳にしっかりと詰め込み、スタングレネードを外し、ピンを抜いてゴブリンがいるほうに投げた。


 音と光の暴力にゴブリンどもは阿鼻叫喚。復活する前にグロックで撃ち殺していった。


 予備がなくなったのでホームに戻って補給。LEDランタンをいくつか抱えて外に出た。端にLEDランタンを置き、止めを刺すのを再開した。


「三十六万円か。いい稼ぎだ」


 プライムデーに買った9㎜弾なので一発五、六円くらい。百発撃っても八百円。ほぼ丸儲けと言っても過言ではないだろうよ。


 さすがに七十匹を殺している間に復活されて、奥に逃げられてしまった。


「今日はこのくらいにしておくか」


 時刻は十五時過ぎ。切り上げても罰は当たらないだろうよ。


 とは言え、ゴブリンをこのままにはしておけない。チートタイムをスタートとさせてゴブリンの血を抜き、地底湖に流れない場所にポイした。


 カラカラになったゴブリンを集め、ガソリンをかけてチャッカマン! 灰になれ~!


「やはり、空気が流れているな」


 なんて流れていく煙を眺めていたらまたあの激臭が流れてきた。臭っ!


 ほんと、なんなんだよ、この臭いは? 


 すぐにウルトラマリンに乗り込み、反対側の穴に戻った。


 まだ臭いはこちらに流れてきてない。今のうちに単管パイプを運んできて櫓的なものを組み立てた。


 S字フックにELDランタンを弱にしてかけておく。なにも見えないとホームから警戒できないからな。


 単パイプとウルトラマリンをロープで繋いだらホームに入った。


 すぐに装備を外したらひーこら言いながらウェットスーツを脱いだ。ったく、ウェットスーツは着るのも脱ぐのも大変なものだよ。


 パンツ一丁で中央ルームにいくと、珍しくミサロがソファーで眠っていた。


 一日三時間しか眠らないミサロの貴重な寝顔。眠っているときは幼い顔をするんだな。


 起こさないようユニットバスに入り、熱い湯で冷えた体を温めた。


「タカト、帰ってきたの?」


 熱い湯を浴びていると、外からミサロに呼びかけられた。


「ああ! ただいま! もうしばらく入っている。なにかあったか?」


「ううん。シャワーの音がしたから声をかけただけ」


 次はもうちょっと音が漏れないようにしないとな。ミサロの貴重な睡眠を邪魔してしまう。


「上がったらビール飲む?」


「ああ、飲むよ」


 そのために体を温めているんです。ポカポカにして上がりまっせ。


「今日は寒いから煮込みラーメンにするね」


「了ー解!」


 シャワーで体を温め、ビールで冷し、煮込みラーメンでまた体を温める。オレの平和はホームにありました~。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る