シエイラ
また朝がきた。代わり映えのしない今日が。
「……嫌な目覚めだわ……」
憂鬱ではないけど、変化のない毎日と言うのは気力を萎えさせるもの。体の奥底から呼び覚ませるだけで今日一日の力を使い切った気分になるわ。
ダルさ全開で寝台から起き上がった。
小さいながらも我が城。寝台と机、物入れがあるだけの質素な部屋だけど、孤児だった頃の押し詰められた部屋を思えば神の国のようだわ。
昨日汲んでおいた水で顔や体を拭いてギルドの制服に腕を通した。
わたしが住むところは貸部屋。一つの家に十数もの部屋を造ったところで、主に冒険者ギルドの女子職員が暮らしている。
「マーレットったらまた男を連れ込んで」
女子職員の貸部屋でも、男の出入りは禁止されてはいない。マーレットのように独身女が男を連れ込むこともある。もちろん、恋人以外の部屋に入ったらアソコを切られて道端に捨てられるわ。
「まったく。お盛んなんだから」
わたしも二十七歳。男と寝たことは何度もある。貸部屋に連れ込んだことだってある。けど、二十七歳はいき遅れと言われる年齢だ。どんなに体の体型を維持しようと男は若い女を選ぶもの。もう何年も一人で寝ているわ。
「求められるのはジジイばかりなり、か」
自嘲気味に呟き、貸家から出た。
まだ陽が昇らない時だけど、早番のときは陽が昇る前に貸家を出る。人混みが嫌いなのと、教会の前を通るのが嫌だからだ。
もう二十年も前に飛び出したのに、未だに教会を見ると胸が痛くなる。思い出したくない記憶が甦ってくる。今日を生きるためにも遠回りしてギルドに向かうようにしているのよ。
ギルドに昼も夜も関係ない。すべての部署がやっているわけではないけど、受付や買取り、緊急部には必ず人はいるわ。
「おはようございます、シエイラさん。早いですね」
わたしは受付を任されてはいるけど、ギルドマスターの秘書でもあり、特務員でもある。まっ、ギルドのなんでも屋ね。
「おはよう。朝食を摂ってきてから入るわね」
ギルドのよいところは職員だけが利用できる食堂があるところね。味はともかく、タダで利用できるのが最高だわ。運がよければ焼き立てのパンが出ることもあるわ。
陽が昇るまでゆっくり朝食をいただき、終わったら化粧をして受付に座った。
今日も朝から冒険者たちがやってくる。張り出された依頼書を見て自分に合った仕事を見つけてギルドを出ていく。
昨日と変わらない今日。そうだと思っていたらマゼングさんに呼ばれた。
「ミシニーから報告があった男だ。準冒険者として登録してくれ。あとは任せる。金はそっちに持っていく」
……この男が死滅の魔女が言っていたゴブリンを狩る変わり者か……。
黒髪黒目と、この辺では見ない人種ね。それに草柄の……外套? を纏っており、なんとも目立っていた。
年齢は十八、九──いや、二十五は越えているわね。目が何度かの死線を乗り越えた影を持っているわ。
「どうも。ゴブリン駆除を生業としているタカトです」
「わたしは受付を担当しているシエイラ。これからあなたの窓口となるからよろしくね」
出された手を両手で握ったら怪訝な顔をされた。女を知らないってわけじゃなさそうね。
タカトと言う男がきたらマスターに通すように指示されていたので、二階の執務室に案内しようとしらいきなり部屋の前で距離を取られてしまった。
どうやら騙し討ちしたと思われたようで、敵意を向けられてしまった。
必死にそんなことはないと説明するけど、タカトはよけいに警戒を増し、どんどんと距離を取っていった。
マスターを呼んでことなきを得たけど、完全に気を許したわけではなく、外套の下に武器を隠し持ったまま執務室に入った。
中でなにを話したかはわからないけど、ゴブリンを狩ってくれる者は貴重だ。去年からゴブリンの被害が大きくて毎日のように苦情が上がってきているのだ。
不快にさせたことを詫びたら、先ほどの警戒がウソのように消えており、人のよさそうな笑顔を向けてきた。
「お詫びとお近づきにこれをどうぞ」
と、なにかわたしの手のひらに透明の紙に包んだ丸いものを乗せた。どうやら飴のようだ。
笑顔を残してギルドをあとにしたタカト。すぐにマスターのところに向かった。
「あれを見た目で判断するな。顔に似合わず強かだぞ」
いつもムスッとしていたマスターが笑っていた。
……この人も笑うのね……。
「楽しそうですね」
「正確には楽しみ、だな。フフ。あの死滅の魔女が気に入るわけだ」
なにか透明な箱に入った薄茶色のものを飲むマスター。そんな横顔を見ながらタカトと言う変わった男にちょっと、いや、かなり興味が出てきた。
次きたら、ちょっと本気を出してみようかしら。
わたしも知らずに笑っていたみたいで、マスターにため息をつかれてしまったわ。
「あれは厄介だぞ」
マスターの嗜めに、わたしは笑って答えた。
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