第546話 この世界の未来

 あらかじめ買っておいた紙作りの本を見ながらスケッチブックに図を描いて領主代理に説明をした。


 小学校の自由研究レベルのものだし、理解してないオレの説明だが、頭のいい人の理解力はとんでもない。オレからスケッチブックを奪い、自分なりの解釈でなんかいろいろ書き始めた。


「さすが別の世界から連れてこられた使徒だな。技術の高さはどれほどのもかよくわかるよ」


「オレは普通の家に生まれて、普通に育って、普通の工房に雇われただけの普通の男です。専門的な知識はありませんから」


「その普通の基礎知識は、我々の遥か先をいっている。なにより、その専門書を買える身だ。女神が十五日縛りをつけたのもよくわかる。お前の立場は危険だ」


「だから見せる相手を厳選しなくてはいけません」


 そのくらいオレでもわかる。この世界のヤツは火薬を教えられてから千年で核を造るのだから。


 十五日縛りも工夫すれば産業革命まで持っていくのも難しくない。ただ、ダメ女神がそれを許すかどうかだ。これまで駆除員が短命なのって、ゴブリン駆除で命を落としたのかも怪しい。


 この世界に不都合と判断され、ダメ女神が消したってこともあり得るではないか。いや、あのダメ女神ならやっていると見るべきだろうよ。


「異世界から連れてこられた駆除員は短命です。能力の低さにもよるでしょうが、権力者に狙われたり利用されたりもあるでしょう。その知識、武器、道具は遥か先、数百年は先をいっていますからね」


 領主代理は理解している。オレの価値を。


「利用されるのは構いません。こちらも利用しようとしているんですからね。ですが、一方的な搾取は許容できません。協力という意味がわからない人とは付き合いたくありませんね」


 決裂するなら仕方がない。大切なものだけを持って逃げるだけだ。そのためにアシッカを引き込んだんだからな。


「ふふ。だからお前はおもしろい」


 思わずチビってしまいそうな笑みを浮かべる領主代理。マジもんの強者はマジでおっかねーわ。


「安心しろ。わたしは女神の使徒とケンカするつもりはないし、協力の意味くらい知っている」


「それはなによりです。オレにできることなら利用してください。ただ、ゴブリン駆除を怠ると女神になにを言われるかわかりません。女神は人の世に配慮するほど慈愛に満ちてはいませんからね」


「使徒にケンカも売れないわたしが女神にケンカなど売れるか。お前を縛るつもりはない。なにかあればわたしを利用しろ。コラウスでのことならわたしの力で揉み消してやるから」


「頼もしい限りです」


 味方なら頼もしいが、敵にしたら怖い典型の人だよ……。


「すまんが、このスケッチブックをいくつかくれ。説明するのに使いたい」


「わかりました。それならホワイトボードも渡しておきます」


 ホームからホワイトボードとスケッチブックを十冊くらいつかんで持ってきた。


「ホワイトボードか。なかなかいいものだな。全体説明に使えそうだ」


「便利なものに慣れると今までのものに戻れなくなるから注意してください」


「お前が死ねばすべてのものが消えるのか?」


「たぶん、消えはしないと思います。駆除員は五人いますので」


 恐らく、駆除員が死に絶えるまでは別の世界から犠牲者が投入されることはないだろうよ。


「そう言えば、この世に使徒は何人いるのだ?」


「何人いるかはわかりませんが、魔王と戦う者はオレと同じ世界から別の女神によって連れてこられたみたいです。勇者がいたようですが、謎の敵を追い込み、力及ばず死んだようです」


「勇者が死んだ? 魔王と戦う者が勇者ではないのか?」


 まあ、戸惑うのは無理ないか。それなら魔王は雑魚で、それ以上の存在がこの世にいるってことだからな。


「魔王と戦う者はただ強いだけのようです。勇者はグロゴールに勝てるくらいの能力はあったみたいですね」


「…………」


 押し黙ってしまう領主代理。うん。わかるよ。オレもなんて言っていいかわからんしね。


「……この世界は、大丈夫なのか……?」


 そう言いたいのもわかる。この世界を創ったのが女神ではないにしても三回は失敗している神だからな。


「まだ成功はしているみたいですよ。人間が滅んでないので」


「まったく慰めにもならんな」


 別に慰めたわけじゃない。事実を言ったまでだ。


「この世界の未来はオレにはわかりませんが、自分と家族、仲間の居場所を築き、ゴブリンを駆除していくまでです。オレは老衰で死ぬのが望みですからね」


「ふふ。望めば英雄にも成れように」


「地位や名声など、生きるのに邪魔でしかありませんよ。英雄が望みならサイルスさんを押し上げますよ」


「お前は本当にやりそうだから笑えん。まだサイを失いたくないから止めてくれ」


「残念です」


 英雄にできるだけの名声と能力、カリスマ性があるのにな。


「お前はゴブリン駆除に勤しんでくれ。せっかく育てた麦をゴブリンに食われるのは癪だからな」


「お任せください。春の間はゴブリン駆除に励みますんで」


 まあ、なにもなければ、だがな。

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