第329話 奴隷紋

 次の日、本部にくると、奴隷たちが用意されていた。


 装備もしっかりしており、顔色も悪くない。行商奴隷として引き連れていた者より体つきもよかった。金貨六十三枚は伊達じゃないようだ。


「仕事が早いんですね」


「上客相手には迅速に、が信念なので」


「立派な信念です。いい上司で配下の人らが羨ましい」


 凡人ではあるが、これでも仕事はできたほうで、上司の指示には迅速に対応してきた。だが、やはりできる人の仕事の早さは尋常じゃない。こういう上司の下で働きたいものだ。


「……そう言われたのは初めてだよ。部下からは冷絶と陰口叩かれているのに」


 部下に目を向けたら一斉に目を背けられた。なるほど。部下に恵まれないタイプか。


「上司としては頼もしい限りなのに。オレなら一生ついていきますよ」


 難しい問題にぶつかっても眉一つ動かさず淡々と対処していき、完璧な対応をしそうだ。理想の上司だよ。


「……それは魅力的だな。だが、タカト殿を部下にしたら大変そうだ」


「なんかよく上司に言われました。お前は部下として扱い難いって」


 こっちは素直に従ってんのにな? なんでだ?


「だろうね。その上司の気持ちがよくわかる。タカト殿は部下にしたら上司の立場がなくなるよ」


「オレ、上司は立てますよ」


 部下の功績は上司の功績。立派な腰巾着にだってなるよ。


「それが上司として重いんだよ」


 重い? なにが? 


「それより奴隷契約します。こちらに」


 話を強引に切られ、営業モードに入った。


「これより奴隷の引き渡しを行います。奴隷は裏切らないよう奴隷紋を刻んでおります。詳しくは話せませんが、奴隷紋を弄り主をタカト殿にします」


 奴隷紋、オレが考える以上に高度な魔法っぽいな。


 一人の奴隷が連れてこられ後ろ首に刻まれた紋に触れさせられ、魔法使いっぽい男がなにか呪文だかなんだかを口ずさんだ。


 と、奴隷紋が熱を帯び、奴隷が苦痛の声を上げた。


「タカト殿。奴隷紋に魔力を放ってください」


 マイセルさんの言葉に魔力を紋に向けて放った。


 魔力が紋に吸い込まれると、熱が消え、奴隷も苦痛から解放されたっぽい。


「これでこの奴隷はタカト殿の奴隷となりました」


 なにが起きたかさっぱりであるが、ヤバいものなのはよくわかった。これを考えたヤツ悪魔だろう。


「では、次に」


 ん? これ、一人一人やっていくの? 少量の魔力だったとは言え、七十人にも魔力を放ったら倒れるんじゃね?


「タカト殿。これを」


 三十人ほど魔力を放つと、マイセルさんが木のコップを差し出してきた。


 中身はなにやら「不味い! もう一杯!」みたいな緑色の液体が入っていた。


「魔力回復薬です」


「……そんなものがあったんですね……」


 オレは水を飲めば魔力体力が回復してたけど、もしかしてオレって特別だったりする?


「行商奴隷団の秘薬です。他で手に入れるのは難しいでしょう」


 木のコップを受け取り、いっきに飲み干した。


「……不味くはないですが、独特な味ですね……」


 これまで飲んだことがない味である。


「そうですね。わたしも何度も飲んでますが、未だに味の表現ができません」


 だが、効果は凄い。体の奥から魔力が湧いてくる感じがする。


 残り四十人に魔力を放ち、また魔力回復薬を出してもらって飲み干した。


「気分はどうです? 七十人にも奴隷契約はあまりないので体調が悪いなら言ってください」


「いえ、少し脱力感はありますが、体調が悪いってことはありません」


「さすが銀印なだけはありますね。並みの魔法使いでも七十人は大変なので」

 

 いや、それならやらせんなよ! 鬼か!


「これでタカト殿の命令には逆らえませんが、絶対ではありません。もしものときは魔力を放ってください。それで奴隷を殺すことができます」


 エゲつな! もしかして、こっちに金がかかってんじゃね?


「ハァー。ラダリオン。悪いが、槍とナイフを配ってくれ」


 オレはアシッカの地下水を飲んで脱力感を回復させた。オレにはこちらのほうが気持ちよく回復できるよ。


「奴隷に武器を持たせるので?」


「山黒が出たウワサは聞いてますか?」


「ええ。通達がありました」


 いや、どこからよ? 冒険者ギルドと繋がりがあるならそちらも敵認定しなくちゃならないじゃない。


「その山黒が出た場所を通ってアシッカに戻るので、念のために持たせるんですよ」


「……遭遇したのですか?」


「ええ、遭遇しました」


「よく生きてますね」


「二匹倒していろいろ学びましたから」


 まあ、対物ライフルとチートタイムがあってのことだけど。


「タカト殿とは対立しないよう心がけるとします」


 そうですか。オレは完全に敵対してると思ってますけどね。


 アシッカにきたときからオレは行商奴隷団を敵認定して、今回奴隷を買ったのも攻撃の一環だ。行商奴隷団を崩す一手として、な。


「タカト。渡した」


 こちらも脱力感が抜けたので、奴隷たちの前に立った。


「オレは、一ノ瀬孝人。ゴブリン駆除ギルド、セフティーブレットのマスターだ。そして、お前たちの主となった」


 マイセルさんたちが見ているのでわざと上から目線で言い放った。


「オレの命令に従うなら食事は一日三度食わせてやる。いい働きをしたら酒も飲ませてやる。だが、使えないようならゴブリンのエサにしてやる。しっかり働け」


 腰に手を当てて奴隷たちを見回した。


「これよりアシッカに向かう。いくぞ!」


 そう号令をかけて行商奴隷団本部をあとにした。

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