第20話 小さな巨人

 元からラダリオンは大食漢だった。


「その体のどこに十キロ近い料理が入るんだ?」


 セフティーホームでは約百四十センチ。体重は四十キロくらい。体重の四分の一を食うって異常だろう。巨人ならそれが当たり前なのか?


「久しぶりにいっぱい食べられた」


 だろうな。二万四千円──いや、リンゴ分も足せば三万四千か。それだけ食って満足してくれなかったらメンバー加入は却下させてもらうところだ。


「……眠い……」


 そう言うと横になって眠ってしまうラダリオン。


「大型犬を拾った気分だぜ」


 床(材質不明)で寝かせるのは可哀想だと思って運んでやろうとしたらびくともしなかった。はぁ?


「いやいやいや、え? ──重っ! お前、何キロあんだよ!?」


 フンヌー! と引っ張るのが精一杯。もう百キロくらいあっても不思議じゃない重さだぞ!!


 なんとかマットレスに上げたときは全身から汗が滲み出ていた。


「……巨人は巨人ってわけか……」


 巨人がこの世界の重力下で生きるにはこれくらいの筋肉がないとダメってことなんだろうよ。


「こいつにタックルされたら確実に死ぬな、オレ」


 怒らせないようにしようと心に決め、家の片付けに向かった。


 ゴブリンは村長の家(仮)を中心に生活していたようで、枯れ草の寝床があり、排泄物もかなりあった。


「こりゃ、ここには住めんな」


 まあ、オレたちにはセフティーホームがあるし、堀りを掘って柵で囲んでテントでも張れば問題なかろう。


 プレートキャリアだけを外し、適当な枝を見つけてきて枯れ草や排泄物を外へとかき出した。


「水道があれば丸洗いしてやるのによ」


 井戸はあったが、どんな病原菌があるかわかったもんじゃない。汲むのも嫌だ。水はセフティーホームからバケツで運んでブラシで掃除しよう。


「ゴブリン、結構いるな」


 この辺にコロニーがいくつかあるのか、察知ギリギリのところに何匹かの気配がする。明日からがんばらないと破産するぜ。


 納屋のほうも片付けてからセフティーホームに帰った。


「よく眠ってるな」


 襲われて親とはぐれたと言ってたが、本当にそうなのだろうか? はぐれて探せないほどラダリオンが歩けないとは思えない。もしかすると捨てられたのかもしれないな。


 巨人とは言え、あんなに食うのは異常だろう。ラダリオンが普通なら巨人は人類の敵になってるはずだ。


 ビールを飲みながらラダリオンの寝顔を眺める。


「眠っている姿は可愛いんだがな」


 勢いで誘ってしまったが、その体重と胃袋は脅威でしかない。オレ、ちゃんとやってけるんだろうか? 考えれば考えるほど憂鬱になるぜ……。


「いや、それはあとにして、身近な問題から考えるか」


 ラダリオンがセフティーホームに入れた。だが、肉体だけではなく、着ているもの、装備してるものまで小さくなっている。


 ご都合と言ってしまえばそれまでだが、服や石の斧まで小さくなるなら外に出たら元に戻るってことだろう。


 なら、違う服で外に出たらどうなる? 武器はどうなる? できたとしてどこまで許容される? オレと同じで十五日縛りはあるのか? 出入りはどうなる? オレが死んだら? ざっと思っただけでもそれだけある。


「まったく、そう言うことも教えておけよな」


 しばらくラダリオンとやっていくならその辺を確認しないとダメだろう。


 それに、ラダリオンがどこまでやれるかも知っておかないと連携も取れない。踏み潰されましたじゃ死んでも死に切れないよ。


「残金は七十二万円と少しか」


 一日の食費が十万円としても七日が精々だな。


 ここで訓練も一月が限界かもしれんな。ゴブリンを駆除尽くしたら移動しなくちゃならないし。


「なんだか無限地獄に落ちた気分だぜ」


 ゴブリンを駆除し尽くしたらまたゴブリンがいるところへ移動し、また駆除し尽くしたら次へと移動しなくちゃならないのだからな。


「先が不安でしかないよ」


 ポジティブにと意識を持っていこうとしてもネガティブなことに向かってしまう。好転する材料がなにもないのだからしょうがないだろう。


 ビールを飲み干し、またもう一本買って飲んだ。


「全然美味くないぜ」


 でも、飲まずにはいられないこの状況。人が酒に溺れる理由がよくわかるよ。


 さらにワインも買って飲んでたら寝落ちしてしまい、ラダリオンに揺すられて起こされてしまった。


「タカト。おしっこ」


 目覚め一発に聞きたくない言葉であるが、漏らされても困る。頭を抱えながらユニットバスに連れていき、トイレの使い方を教えた。万が一、漏らしてもここならシャワーが使える。犬の後始末と思い込めば気も休まるわ。


「ついでに体も洗え。お前、ちょっと臭いから」


 風呂など入ってないんだろう。ちょっとどころの臭いではなかった。


 湯船にお湯を出して外に出た。ガス水道はいくら使っても維持費は同じ。好転する材料にもならねーよ。


「ラダリオン。体を洗い終わったら声をかけろな」


 ラダリオン用のバスタオルと適当なLサイズの上着を買い、終わるのを待つ。


 しばらくして終わったとの声がかかり、ドアを少し開けてバスタオルを突き入れた。


「服は洗うからそのままにしておけ。あと、これを着ろ」


 上着を反対に着て出てきたが訂正はせず、蛇口を閉め、湯船にラダリオンの着ていたものを放り込んだ。


 買ったものを着て外に出れたら廃棄だ。


「タカト。お腹空いた」


 昨日、あれだけ食ってまだ食うんかい! って言葉を飲み込み、大量購入の味方、コス○コからホットドッグ(+ジュース三十個)を三十個とピザ5ホール、二ガロンのオレンジジュースを八本買った。


「今日からゴブリン駆除をやる。しっかり食って、しっかり働けよ」


 オレもホットドッグ二つ食って今日を生きる力に変えた。

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