第513話 *ミシニー*

「少し、いいだろうか?」


 のんびり酒を飲んでいると、倉庫の中から獣人の男が出てきた。


 昔、獣人と何度か接触したことはあるが、倉庫から出てきた男はかなり細身であり、理知的な目をしていた。


「ビシャとメビに似ているな」


 どちらかと言えばメビに似ている。目と髪質がそっくりだ。


「二人を知っているのか?」


「ああ。一緒にゴブリンを狩ったり、竜とも戦ったりもしたよ」


 なんて言っても理解はできないか。ゴブリンはまだしも竜なんてお伽噺の中の生き物。人がどうこうできる存在じゃないしな。


「つまり、元気にしているってことだ。今もタカトの一翼として働いているよ」


 まあ、父親としては意味不明だろうよ。一緒にいたわたしですらこの一年は理解が追いつかないことの連続だったのだからな……。


「まあ、訊きたいことがあるならなんでも訊くといい。答えられることは可能な限り答えてやるよ」


 こちらに構わず訊いてこないのだから、話せばわかる男のはずだ。


「……あの男は何者なんだ……?」


「表面的なことで言えば女神の使徒だ」


 本人は心底嫌がっているがな。


「め、女神の使徒?」


「信じられないのも当然だ。神の使いを名乗る詐欺師はいくらでもいるからな」


 フフ。まだ自分を神だと名乗らないだけの分別があるのが救いだな。


「あの男は、別の世界から女神によって連れてこられた。その世界では人間しかいないからか、他種族を差別することはしない。いや、他種族がわかってないと言うべきだな」


 わたしの長い耳を不思議そうに見ていたっけ。


「それ故に、他種族としてではなく、まず人格で判断している。クズならクズになるし、誠意を見せれば誠意で返してくる。あんたを助けたのもビシャとメビの父親だからではなく、人攫いがクズだから潰した、ってことが占めているだろうよ」


 タカトは基本、優しく愛情深い。信頼できる相手はとことん信頼する。こちらの拒絶など関係なく、裏切られないと感じてしまうほどに、な……。


「タカトとはそういう男だからそこにつけ込む輩がいる。まあ、それはわたしの同胞なんだがな。神たる使徒の血を混ぜようと企てているよ」


 困ったことにエルフと人間の間に子は成せてしまう。しかも、使徒の血は他とは違う。神がそうしたのかはわからないが、使徒の能力を濃く受け継ぐのだ。


 エルフは本来、金髪であり、容姿端麗に産まれる。故にバカに狙われたりもするが、使徒の血を混ぜたエルフは黒髪になり、容姿も使徒に似てくる。


 凡庸な容姿となったエルフは人間に狙われなくなった。まあ、不遇な立場とはなってしまったが、種として残りやすくなったのは黒髪のエルフだろう。


 血が薄まってきたところにタカトが現れた。しかも、二百年前に現れた使徒と同じ国の者。その当時を知る者に色めき立つなと言うほうが悪いだろうよ。


「わたしは古いエルフだ。同じ種は同じ種で子を残すのが一番だと思っている」


 もちろん、タカトが望むなら止めたりはしないさ。ただ、タカトの思いを無視することだけは許さない。そんなヤツがいるならわたしが排除する。たとえタカトに嫌われようと、だ。


 女として難点はあるが、シエイラと結ばれた──いや、繋がれたのは喜ばしいことだ。シエイラなら下手な女は近づけないだろうからな。


「タカトを利用することは構わない。タカトも自分を利用することを望んでいるからな」


 あの男の恐ろしいところは、利用されることを享受し、その通りに動いて、いつの間にか利用してきた者の心をつかむ。つかまれたら最後、立場は逆転。タカトに利用されるのだ。そして、始末に終えないところはそれを望んでしまうところだろう。


 ……いい例がわたしでありアルズライズだろうよ……。 


「お前たちが山に帰るならそれもいいだろう。だが、種として生き延びたいのならタカトの側にいて、タカトを守ることだ。それがお前たちに与えられた好機だろうよ」


 わたしとしてはどちらでも構わない。高々数十人の獣人が混ざろうとタカトの計画に支障はないだろう。ドワーフを数百人受け入れたばかりなんだからな。


「ビシャとメビはタカトの一翼を担っている分、お前たちは優遇されるだろう。お前が腰に差した剣は神世の武器だ。タカトが認めた者に渡される」


 いや、本人は深く考えてはいないな。たくさんあるから使える者に渡したってくらいだろう。神世の武器や道具を使い捨てと思っているからな。


 ……まったく、神世の武器がどれだけ貴重かわからない男だよ……。


 恐らく使い方なんて教えてないだろうからヒートソードの使い方を教えた。あと、予備のカンデンチも渡しておいた。


「わたしから言えるのはこのくらいだ。あとは自分の目で確かめることだ」


 わたしがどう言おうと、獣人からしたらタカトなんて貧弱な人間にしか見えないだろう。自分の目で見て、その実力を知っていけばいいさ。


 クーラーボックスから梅酒を出して二人の父親に渡した。


「わたしがタカトの側にいる理由だ」


 酒をくれるって意味ではない。一緒に飲んでくれる仲間だからだ。ってまあ、わからなくてもいいさ。わたしが知っていればいいことなんだからな。

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