第2話 準備金十万円

 一通り叫んだら落ち着くことができた。


「ハァ~。やるしかないか」


 人間、諦めが肝心であり切り替えが大事である。いつまでも嘆いてたって状況はよくならない。前を向くとしよう。


「てか、ここどこだ?」


 十二畳くらいの空間で、壁は白く、ドアが二つあるだけ。照明もないのに明るいとか意味わからんな。


「ん? タブレット?」


 足元に白いタブレットが落ちていた。


「あ、これ知ってる」


 タブレットなんて持ってないのに、これの使い方を知っていた。


 そうか。あのダメ女神が言ってたっけ。頭に入れておくって。


 そう理解したらここがセフティーホームだとわかり、二つあるドアは、玄関、ユニットバスに通じている。


「セフティーホーム。月一万円で利用可能。三ヶ月滞納したら消える、か。閉じ籠ることも許されないってか」


 サポート補償として三ヶ月はタダで、準備金に十万円支給されている。


「せめて百万円は寄越せよな。十万でなにしろってんだ」


 なるほど。半年で失敗したのも理解できる。きっと三ヶ月閉じ籠って追い詰められ、やっと外に出てもゴブリン駆除ができなくて半年後に天に召されたのだろう。


 先人の失敗から学ぶと、早々に動いたほうがいいってことだろう。心底外に出たくないけどな!


「……罪悪感とグロ耐性、他に勇気も追加して欲しかったぜ……」


 前を向くと気持ちを切り替えたけど、やっぱり怖い。怖くて怖くて泣きそうである。ラノベの主人公のように冒険だ! とかにはなれんわ!


 自然と涙が出てくる。


 三十にもなって怖くて泣くとか情けなくなるぜ……。


「ティッシュもなし。タオルもなし。いろいろ用意してたらあっと言う間に十万円なんてなくなるわ」


 ユニットバスに向かい、洗面台で顔を洗い、腕で拭った。


「ん。スウェットじゃない?」


 灰色のスウェットを着て寝たつもりなのに、今着ているのは迷彩柄のジャケットに迷彩柄のカーゴパンツ。ポケットを探ると多機能ナイフ、ライト、ハンカチ、ボールペン、メモ帳、ソーイングセット、ライター、この地域の銀貨が数枚入った財布が入っていた。


「まあ、ないよりはマシか」


 ダメ女神に感謝はしたくないが、丸腰転移にしなかったことには礼を言っておこう。


 中央ルームに戻り、タブレットをつかんで十万円の使い道を考える。


「水が出るのは助かるな」


 それに風呂はお湯も出る。台所ではガスコンロもあるのでヤカンとカップラーメンで準備金は抑えられるな。


「ヤカンは一リットルので五百円。カップラーメンは八十円か。コンビニで買うより安くなってるな。ケースでも千五百円とか優遇価格か?」


 そこまで頭に入れてくれなかったので想像の域だが、安いのなら安いに越したことはない。ラッキーと納得しておこう。


「あ、箸も必要か。クソ。一人暮らしを始めた頃を思い出すな」


 五年前から一人暮らししててよかった。実家暮らしで母親頼りに生きてたら挫けていたわ。 


 栄養不足で力が出ないと困るからカロリーバーも買っておくか。これで三千円が消えたぜ。


「睡眠も大事だし、マットだけ買っておくか」


 二十ミリのマットレスが四千三百円か。安いんだろうが、準備金十万円しかないと痛いな。


「これでしばらく乗り切るとして、ゴブリンを駆除するための武器だな」


 三十年の人生で格闘技をやったこともなければケンカをしたこともない。剣を振り回してゴブリンを駆除するなんてまず無理だろう。


「銃か? 銃を使うか?」


 駆除したところでレベルアップするわけでもない。一匹駆除したら五千円がもらえるだけだ。


「鍛えないとダメだな」


 ダメ女神はちょびっとだけ身体能力を上げてくれたそうだが、それがどんなものかわからない。鍛えておくに越したことはないだろう。


「それは、稼げるようになってからだな」


 ゴブリンの強さがまだわからない。あのダメ女神からして素手で勝てる相手ではないはずだ。


「チンパンジーくらいの強さと思っておくか」


 うん。肉弾戦したら確実に負ける未来しか見えないな。


「拳銃を買おう」


 人間は道具を使いこなして生存競争を生き残ったのである。道具に頼ることを恥じてはならぬのだ。


「てか、拳銃っていくらだ?」


 平和な日本で平和に生きてきた。動画で拳銃を撃っているところは観たことあるが、値段まで調べたことはない。子供の頃、銀玉鉄砲なら買ったことがあるていどだ。


 タブレットを使って調べると、なかなか高額なものだった。


「安くはなっているんだろうが、M16が十五万円とか予算オーバーだよ」


 もっと安いのはないのか? あ、拳銃なら七万円台で買えるな。でも、七万円は手が出せんよ。弾だって必要なんだからよ。


「そうだ。中古ならどうだ?」


 弱いところに飛ばされたのなら中古でも問題ないだろう。幸い弾は一発二十円。高いのでも百円だ。二十円×五十発で千円だ。消費税がなくて最高だ。


「あ、ベレッタ92Fってのが二万円だ!」


 なんか92Fの後ろに英語でなんか書かれているが、なんの意味があるんやろう? まあ、この二万円のでいいや。あと、予備のマガジンを二つ買っておくか。二つで六百円也~。


「ガンベルトはまだいいな。その分、いいマチェットを買うとするか。山の中を歩くには必要だしな」


 戦争映画でジャングルを進むのに使ってたっけ。


「五千円か。高いな~」


 鞘とベルト込みで五千円なら安いのだろうが、ゴブリンも斬るかもしれない。丈夫なほうがいいだろうよ。


「腹はまだ減ってないし、体も疲れてない。今のうちに異世界に慣れておくか」


 玄関へ向かい、念じて外に出た。


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