第349話 スパイダー

 東の洞窟に大量にゴブリンが出たからか、南の洞窟は静かなものだった。


「こちらは水が多いな」


「たぶん、こちらが低いか、近くの川から流れてくるんだろう」


 エルフの一人がそんなこと言ってました。


 ゴブリンの気配がないとは言え、用心しながら進み、大空間に到着した。


 そこを仮ベースとしたようで、テントが三つ張ってあり、ロンダリオさんたちを支援しているエルフたちがいた。


「ご苦労様。差し入れだ。皆で食べてくれ」


 食料はギルドから用意しているが、嗜好品は各自で買ってもらっている。ってまあ、酒なんだけど、ほんとエルフは酒好きである。あればあっただけ飲むとか困った種族である。


 ……まあ、酒のために過酷な労働も厭わずやってくれるからいいんだけどな……。


「ありがとうございます!」


 渡した側から飲み出すエルフたち。この種族の未来が心配で仕方がないよ……。


「それで、探索はどうだ?」


「三十メートルほど進むと、急激に傾斜が出てきて、安全帯を設置しながらの探索になってます。今は百メートルと言ったところです」


 それでそこからゴブリンが出てこなかったわけか。当たりを引いたけど困難な道でした~、とかだったら笑えんな。


 とりあえず、傾斜があるところまでいってみた。


「……確かに、なにかにつかまってないと下までまっ逆さま、だな……」


 ちょっとした滑り台だ。ロンダリオさんたち、よく進めているな。


 一応、電ドラとアンカー、アイボルト、ロープを渡してあったんだが、それを使わず下りているっぽい。冒険者はスパイダーな能力を持ってんのか?


 笛を短く二回鳴らし、少し間を置いてまた短く二回吹いた。


 気づいてくれたようで、長く吹いて返してくる。


 しばらくしてラインサーさんが上がってきた。スパイダーな感じで。


「タカトか。どうかしたのか?」


「ちょっとご報告です。急遽、今日だけ四割引きで買える日になりました。もし、買うものがあれば上がってきてください」


「四割引き?」


 あれ? 計算苦手な人?


「まあ、たとえるなら銀貨一枚で矢が十本買えるとして、今日だけは大銅貨二枚くらいで十本買えるみたいな感じです」


 合っていなかったらごめんなさい。


「それは凄いな。半額みたいなもんじゃないか」


「ええ。今日は休みにして欲しいものを買ったらどうです?」


「わかった。ロンダリオたちと相談してくる」


 またスパイダーな感じで、ひょいひょい下りていった。冒険者ってスゲーな!


「仮ベースで待つか」


「そうだな。おれも酒が飲みたくなった」


 そう言われたらオレも飲みたくなるじゃないか。昨日は飲めなかったんだからさ。


 仮ベースに戻り、施しはから麦と芋の徳用サイズを持ってきた。あと、ヤカンとヒートソードも。


 エルフたちも誘い、ロンダリオさんたちが戻ってくるまでに用意を済ませた。


「待たせたな」


「なんだ、酒盛りか?」


「ええ。ゴブリンの気配もないですし、深酒しなければ問題ないでしょう」


 周辺にランタンを吊るして明かりは確保し、怪しい穴は崩したときに出た岩で塞いである。


「まあ、まずは着替えてきたらどうです? びしょびしょですし」


 金テコバールで穴を開け、そこに刺してヒートソードの柄を紐で括ってぶら下げた。


 三百度だから金テコバールが溶けることもないだろうし、濡れてても乾くかもしれないが、せっかくなら着替えたほうがいいだろうよ。


「ああ、そうだな。せっかくの酒を美味く飲みたいしな」


 そう言ってテントに入り、代えの装備に着替えてきた。


「なんの酒だ? 嗅いだことがない匂いだが」


「麦と芋から作ったものですね。好みがあるので飲み比べてください」


 オレは麦だな。芋はちょっと甘く感じてあまり好みじゃないんだよ。


 それぞれ飲み比べするロンダリオさんたち。それぜれの好みがわかればお湯割りを教える。寒い日はお湯割りが一番だからだ。


 元々酒飲みなチームなだけに、麦だ芋だと関係なく飲み出し、慣れたらストレートで飲み始めてしまった。


「それで、四割引きになったそうだが、またどうしてだ?」


 ロンダリオさんの疑問に東洞窟でのことを話した。


「それは混ぜて欲しかったな」


「まあ、そう嘆くこともありませんよ。まだ一万匹以上残ってますからね。今回買えなくても来年のプライムデーに取っておくのも手ですよ」


 欲しいものがあるなら今日買うのもいいだろうが、特にないのなら貯めておくのもいいはずだ。日常品ならそうかからないしな。


「……一万匹?」


「はい。それだけの数が地下にいます」


 五人の目がオレに集中する。


「……女神の神託か……?」


 とは、ゾラさん。魔法を使う人は神の存在を近くに感じるのかね?


「ええ、まあ。残り四分の三だからがんばれとのことでした」


 だれかがゴクリと唾を飲んだ音がした。


「これを知るのはここにいる者だけです。もし、やってられるか! と言うなら早々に立ち去るといいですよ。お前たちもだ。立ち去るのならオレが適当に理由をつけて長老たちには言っておくよ」


 雇ったとは言え、エルフたちに命を懸ける義務もない。逃げたいのなら止めはしない。命は大事だからな。


「フッ。稼ぎ時に逃げるようでは冒険者失格だ」


「ああ。これがおれたちだけってんなら逃げ出すが、タカトがいるなら勝機はあるってことだ」


「なんの用意もなく挑むとは思えんしな」


「お前さんもその口でタカトにくっついているんだろう?」


 ゾラさんがアルズライズに焼酎を注ぎながら可笑しそうに尋ねた。


「そうだな。タカトの側にいると美味いものが食え、美味い酒が飲め、倒すのに苦労したロースランすら一撃で倒せる武器が手に入る。竜を倒したいおれとしては一万匹はありがたい数だ」


「それはおれたちも同意だ。美味いものが食え、こうして美味い酒が飲めている。こんな味を知ったら元の不味いものなんてもう食いたかない」


「ああ。一万匹もいるならありがたい。いっきに稼げる」


「いつまでも冒険者は続けられないしな。稼げるときに稼いでおくべきだ」


「おれたちエルフも同じです。タカト様となら一万匹は好機。逃げ出すなど愚行です」


 なにかオレに期待の目を向けてくるが、好機と言うならそれはオレもだ。銀印や金印の冒険者がいて、協力的なエルフもいる。このときを逃して地下に挑むことはできないだろう。


「そうですね。稼いで稼いで稼ぎまくるとしましょう」


 コップを掲げ、景気づけとばかりにいっき飲みした。

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