第305話 オードブル
この世界でもピンとキリはあるもので、中央の貴族と地方の貴族には差があり、アシッカ領(地方とも呼ばれているらしいよ)のような辺境ではさらに差が出るそうだ。
マレアット様も伯爵の中ではかなり下のほうであり、その寄り子たる男爵はもはや底辺男爵。中央にいけば田舎貴族と一括りにされるそうだ。
確かに上のヤツから見れば嘲笑したくなるのもわかる。男爵の位を持ちながら治める領地は村一つ。いや、普通に村長でよくね? と不敬に思っても仕方がないことだと思う。
男爵領と言いながらアシッカ内ではマズナ村と呼ばれ、人口も五百人くらいだとか。男爵領とする意味ってなによ! と心の中で突っ込んでも仕方がないと思う。
エビル男爵の……館は、村の中央にあり、平屋がほとんどの中で二階建てだった。
……いや、普通の家じゃん……。
他の平屋と比べたら立派なのかも知れんが、コラウスとかライダンド、マイヤーを見ていると、男爵の家──館と言われなければ村長の家と思ったところだ。
敷地もそんなに広くはなく、母屋、馬小屋、倉庫、以上! である。封建制がなんなのかよくわからないオレでも辺境の男爵がショボい存在ってわかるよ。
館──母屋に入ると、そこは玄関やホールではなく、十畳くらいの居間? 食堂? なんと称して言いかわからんが、プライベート空間なのは間違いないだろう。
母屋のサイズから見て、執務室とかもない感じだ。すべてをここでやっているんだろうよ。
プライベート空間──居間(と呼称します)には、エビル男爵、その妻だろうご婦人。その子供、十二、三歳の少年と五、六歳の少年がいた。
「突然の招きに応えてくれて感謝する」
「いえ。男爵様よりお呼び出しされたら断ることはできません」
底辺男爵でもこの領地を治める人。嫌だからと言って無視することはできない。高圧的にきているわけでもないしな。本音は真逆だけど!
「やはり、ロースランを退治にいくのか?」
「はい。資金不足を解消するため魔石と肉を得ようと思いまして」
「そうか。勇敢なのだな」
「オレは、いえ、わたしは臆病ですし、強くもありません。あなたと素手で戦えば一発で伸されるでしょうよ」
銃を持てているから対峙していられる。もし素手なら跪いているところだ。
「数千ものゴブリンを殺した男の言葉とは思えんな」
伯爵から聞いたのか、オレを侮るようなことはしない。いや、過大評価しないで!
「時には臆病で弱い者が生き残るものですよ」
「知恵で勝つ、か」
「臆病で弱い者が唯一強者と渡り合える対抗手段ですからね」
肉体で勝てないのだから知恵で戦うしかない。いや、そんなに頭よくないですけどね!
「……そうか。数千ものゴブリンを押し退けた者の言葉。否定するわけにはいかないな」
「別に否定されても構いません。これはわたしの戦い方。男爵様には男爵様の戦い方がありますから」
小さな領地とは言え、五百人もの命を預かる者。オレにはわからない苦労があり、問題がある。同じようには戦えないさ。
「……マレアット様がタカト殿を信頼するのもよくわかる……」
まあ、マレアット様はまだ二十一歳。若い身で自分より歳上の寄り子たちを纏めるとか、誰かに頼らなくちゃやってらんないだろうさ。
「他人事だから軽口を叩けるだけです」
だってオレが責任を負うわけじゃないし、矢面に立つのは伯爵。心の負担はかなり軽くなるよ。
「わたしを呼んだのはロースランのことでしょうか?」
ダラダラと無駄話している余裕はないので本題に入らせてもらう。
「ああ、そうだった。我が領地にロースランの群れがいるとなれば領主として見過ごせない。状況を詳しく教えて欲しい」
まあ、こちらとしてもエビル男爵領を知らない。土地勘のある者の話を聞いておくべきだろう。
テーブルに座ることを勧められ、エビル男爵一家とオレだけ座り、アリサとマグナイはオレの護衛とばかりに背後に立った。まあ、テーブルが六人用だから仕方がないか。
スケッチブックを取り寄せてテーブルに開き、中央にアシッカ領を□で、南東にエビル男爵領を◯で示し、ロースランがいるだろう場所を❌印で示した。
「こちらが持っている情報はアシッカより東南方向、約半日の距離にロースランの群れがいると言うことです。あ、他にもゴブリンがいるようですが、数は把握してません。エビル男爵領からなら半分の距離、でしょうかね?」
「……オードブルの森だ」
はぁ? オードブル? なんじゃその盛合せな名前は?
「その昔、野の幸に恵まれたことからそうマサキ様が名づけたと言われている」
あんたかい! 名づけ親! まさかこの地の変な名前はお前の仕業じゃないだろなっ?!
「そこには泉がたくさん湧いており、洞窟もいくつかある。秋には地元の者が山菜を採りにいったが、ロースランなどはいなかったはずだ」
「なら、冬の前に移動してきたのでしょう」
ダメ女神がウソの情報を流したとは思えない。仮に流したとしてもゴブリンがたくさんいました~、がんばれー(*ゝω・)ノとかだろうよ。クソが!
「本当にいるのだな?」
「います」
そういう悪い方向には信頼のおけるクソ女神だからな。
「誰か、そこまでの道案内をしてもらえませんか? お礼はしますので」
「おれがいこう」
と、男爵が宣言した。
「なにも男爵様自ら道案内されなくとも……」
「この地で偉そうにふんぞり返っていたら誰もついてこない。当主自ら動かねばならんのだ」
それはそれで大変なことだ。まあ、上に立つのは苦労しかないけどな。
「わかりました。では、お願いします」
男爵に敬意の一礼した。
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