第153話 銀符

 コーヒーのお代わりをもらい、世間話にライダンド伯爵領のことを尋ねてみた。


「ミランド峠にロースランの番が住み着いたようで、隊商が襲われるそうです」


 ってなことを言われてしまった。


 ロースランとは体長四メートルはある人型の魔物で、銀印の冒険者でも手こずる存在なんだと言う。


 ヤダ。そう言うのは早く言ってよ! 知ってたら護衛するとか言わなかったのに!


「ライダンドとの流通は滞ってはいないんですか?」


「半分には減ったと聞いております」


 いやそれ、辺境伯領に取って存続の危機じゃないの? 流通が滞りを受けてんだよ? どうにかしろよ!


「まあ、魔物による流通の滞りはよくあることです。冒険者が狩るのを待つだけです」


 魔物がいる世界の人には崖崩れが起きたくらいの感覚なんだろうか? 


「そ、そうですか。そうだといいですね」


 ダインさんとの約束まで約五日。順調に用意が整っていると、打ち合わせをしているカインゼルさんが言っていた。その五日で狩られなかったらオレらが相手するパターンだな、これは……。


「お客様は、ライダンド伯爵領にいくので?」


「ええ。護衛でライダンドにいきます」


 ハァー。帰りに冒険者ギルドに寄ってロースランの情報と現状を教えてもらうか。


「差し支えなければどなたの護衛をなさるか教えていただけませんか?」


「申し訳ありません。商売上の情報を話してよいのかわからないので差し控えさせていただきます」


 契約書交わしたわけじゃないが、守秘義務は大切。オレからしゃべるわけにはいかんでしょう。


「ふふ。失礼しました」


 ん? もしかして試された? でも、なんで試されたのよ? 今日会ったばかりの相手に?


「タカトさん。選び終わりました」


 などと考えてたらミリエルに呼ばれ、金を払ってパイオニアへと運び込んだ。


「またお越しくださいませ」


「ええ。また利用させていただきます」


 なにやら店の従業員総出で見送られ、店をあとにした。なんだったんだ?


 時刻は三時を過ぎたので、他の店を回ることなく第二城壁街を出て冒険者ギルドへと向かった。


 ギルドの横にパイオニアを置かしてもらい、買ったものをホームに運び込み、ドーナツを買って戻ってきた。


「ミリエルはパイオニアで待っててくれ。なにかあれば遠慮なく撃つかホームに逃げろよ。あとのことはオレがなんとかするから」


 今のオレは権力者と繋がりがある。よほどの相手じゃなければギルドマスターが上手く処理してくれるはずだ。


 ……他人任せかよ! とか言わないでね……。


「はい、わかりました」


 ミリエルを残し、ドーナツの箱を抱えて建物の中に入った──瞬間に、女性職員の目が一斉にオレに向けられたのがわかった。な、なに!?


 回れ右して逃げようと思う前に女性職員が二人、瞬間移動してきたかのように左右にいた。怖っ!!


「タカト様、いらっしゃいませ。どうぞこちらへ」


 あれよあれよと別室に連れていかれ、お茶を出され、おら、さっさとドーナツ寄越せや! って笑顔で言っている。ほんと、怖いよ!


「あ、あの、これ、皆さんで食べてください」


「ありがとうございます! すぐにシエイラを呼びますね」


 じゃあ、最初から呼べよ! って言える度胸はオレにない。ないので黙って頷いておいた。あー怖かった。


 お茶に手を延ばしてホッと一息。あー美味い。これ、ウイスキーに合うかもしんないな~。


 しばらくしてシエイラとギルドマスターがやってきた。なんでギルドマスターまで?


「今、次期ギルドマスターを育ててな、部屋はそいつに任せているんだよ」


「ちゃんと候補がいたんですね」


 ワンマンなところは後継者をなかなか育てないって聞いてたんだがな。ギルドマスターはそうじゃなかったみたいだ。


「ギルドマスターになったときに優秀なヤツを連れてきたからな。後継者には困ってないさ」


 だったら仕事の割り振りしとけばいいのに。とは言わないでおく。部外者にはわからないことがあるんだろうからな。


「それで、今日はどうした?」


「第二城壁街にいってきたのですが、そこでライダンド伯爵領に続く峠にロースランって魔物の番が住み着いたと聞いたので、その情報をいただけないかと思ってお邪魔させてもらいました」


「あーロースランな。銀印の冒険者にやらせてはいるんだが、なかなか狡猾なヤツみたいで苦戦してるよ。なんだ、ライダンドにいくのか?」


「はい。知り合いの行商人の護衛で。領外のことも知っておこうかと思ったので」


 領外の情報ならギルドマスターにでも訊いたらわかるんだろうが、聞いただけじゃ周辺の地図はわからない。自分の足で歩いてこそ周辺がわかると言うものだ。


「そうか。なら、銀符を渡しておく」


 あるていど説明したらそんなことを言うギルドマスター。銀符? なにそれ?


「タカト。お前を銀印にする。銀符はその証だ。もちろん、ギルドとしては依頼の強制はしない。領外にいくなら受けておけ」


 つまり、ギルドの後ろ盾があったほうがいいってわけか。なにもないことを願うばかりである。


「銀符は、オレだけですか?」


「銀符は一つあればいいものだ。ライダンド伯爵領の冒険者ギルドにいって仲間の登録を済ませろ。おれからも一筆書いておくからあちらのギルドマスターに出すといい」


 なにか立派な羊皮紙になにかを書いてくれ、蝋で封印。指輪の印を押しつけた。


「いく前にまたこい。それまでに銀符と詳しい情報を用意しておくから」


「わかりました。なにからなにまでありがとうございます」


 ギルドマスターにも思惑があるだろうが、それでも情報をもらえると言うことはありがたい。なにも知らずに巻き込まれるのが本当に面倒だからな。


「なに。お前とは仲良くしていきたいからな。できる協力はさせてもらうさ」


 こう言う抜け目ないところが敵にしたくないって思わせるぜ。


 ゴブリンの目撃情報をもらってから冒険者ギルドをあとにした。

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