第253話 囲まれてばかり

 新しいギルドマスターは、白髪の初老のいかにもな人だった。


「ゴブリン駆除ギルドのマスター、一ノ瀬孝人です」


「わたしは、ロイド・マスターグだ」


 どこかのフォースマスターのような人だな。衰えたわけでもなかろうに、よくギルドマスターになったものだ。


 握手して席に座る。


「まだ秘書が決まってなくてな、大したものが出せなくてすまない」


 ギルドマスターって秘書とか雇うんだ。


「お構いなく。こちらで出しますよ」


 サイルスさんのような甘党ではなかろうから携帯コンロと紅茶のティーパックを取り寄せて淹れてあげた。


「噂には聞いてたが、世の中にはこんなものがあるんだな」


「ゴブリン駆除の請負員になってゴブリンを駆除すれば買えますよ」


「それは魅力的な誘いだが、ギルドマスターになってしまったからな。誘いには乗れんな」


 真面目な人っぽいな。見た目どおりの脳筋ではなさそうだ。


「美味いな」


 安物の紅茶を美味しそうに飲む新ギルドマスター。なんか絵になる人だな~。


「欲しいときはうちに使いでも出してください。安物でないものをお譲りしますよ」


「それはありがたい。冒険者などやっていると食うか飲むかしか楽しみがなくてな」


「よくわかりますよ。オレも一日の終わりに飲む酒のために生きているようなものですからね」


 工場勤務のときはボーナス時にしか飲めなかったジャパニーズウイスキーを飲め、ビールもヱビスが飲める。生きていてよかったと思えるぜ。


「酒も売ってもらえるのか?」


「構いませんよ。では、お近づきの印に」

 

 次に飲もうと思っていた白州と山崎、新潟の大吟醸飲み比べセット、五百円の安ワインを二本、取り寄せた。


「これ、全部酒か?」


「はい。お口に合わなかったら誰かにあげてください。あと、オレが出したものは十五日で消えますから注意してください」


「ふふっ。サイルス様がギルドマスターを辞めるわけだ」


「あの人が勝手に辞めたんですからね」


 ミルクティーと菓子のために、とは思いたくないがな。


「ロイドさんは、なぜギルドマスターに? まだ老け込む歳でもないでしょうに?」


 白髪ではあるが、まだ五十代のはずだ。もしかしたらもっと若いかもしれんな。


「そうだな。だが、無茶もできん歳だよ。孫もいるしな」


 孫までいるんだ。充実してて羨ましいこった。


「ギルドマスターは苦労が多いが、もう命を張ることもない。サイルス様からの誘いは渡りに舟さ」


 金印になっても最後は平穏を求めるものなんだ。まあ、オレは今でも平穏を望んでいるがな!


「平穏であることを祈ってますよ」


 そう言って席を立った。


「今日は挨拶にきたのでこれで失礼します。ミロイド砦のことが終わったら酒でも飲みましょう。好みの酒を用意しますよ」


「それは楽しみだ。そのときはうちに招待するよ」


 握手を求められたので応え、携帯コンロを片付けて執務室をあとにした。


 一階に下りると、女性職員が集まってきた。な、なんだ、集団カツアゲか?!


「タカトさん。シエイラはちゃんとやれてますか?」


「え、ええ、まあ、よくやってくれてますよ」


 心配して尋ねてきたのか? なんか、休憩室に集まる女子がラブトークをしているときの顔つきだけど……。


「あのシエイラが素直に従っているんですね」


 シエイラ、どんだけひねくれてたんだよ? あれか? 女子には嫌われるタイプか?


「シエイラとの仲はどうなんです?」


「どこまでいったのですか?」


 あ、これは嵌まると逃げ出せなくなる毒沼だ。


 そう判断するとともにバラエティーパックのチョコレートを取り寄せた。


「すみません。明日の用意があるので失礼します。あ、これ、女性職員の方々で食べてください」


 女性職員に押しつけ、バラエティーパックに目がいった隙に女性職員たちの包囲網を突破し、冒険者ギルドから逃げ出した。ロイドさんには悪いが、しばらく冒険者ギルドには近づかないでおこうっと。


「あ、おじさん! ちゃんと守ってたよ!」


 なんだろう。今日は迫られたり囲まれたりする日だな。どうせ囲まれるなら猫に囲まれたいよ。


「お、おう。それはご苦労さんな」


 君たち、もっとパーソナルスペースを広く持ちなさいよ。近づきすぎだよ。


「じゃあ、報酬だ。これはお恵みじゃなく、お前たちの働きにたいする対価だ。大人たちに渡す必要はない。自分たちで管理しろ」


 銅貨一枚でなにができるかわからないが、こいつらには仕事をしたら報酬がもらえることを認識させて、大人に搾取されないことを教えることが徴税を止めさせる最初の一歩だ。


「自分たちが働いた報酬を寄越せと言う大人がいたらオレに言え。銀印のタカトが話を聞きにいってやるよ」


 そういうゲスは肉体で話し合ってやる。こっちには権力者とダメ女神がついているんだ、辺境都市の教会くらい簡単に潰してやるわ。


 徴税軍団に銅貨一枚と飴ちゃんを五つずつくれてやった。


「あと、身なりを綺麗にして挨拶を覚えろ。周りに笑顔を向けろ。愛想を振り撒け。大人を味方につけて生き抜いていけ」


 そして、オレから徴税するな。カモるんじゃないやい。


 さっさとパイオニアに乗り込み、速やかに逃げ出した。

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