第239話 決戦前夜

 食事を終え、休もうとしたらなにかの遠吠えが聞こえた。


「威嚇だ。わしたちを眠らせないよう、不安を掻き立てるようやっているんだろうよ」


「意外と考えながらやってたんですね」


 考えなしにやっているとは思わなかったが、そんな精神攻撃までやってくるとは思わなかったよ。


「撃ちます?」


 百メートルも離れてないならリンクスで撃ち殺せる、と思う。


「いや、岩を盾にしてやっている。初日で対抗されたよ」


「指揮官は頭が回るようだ」


「仮にも軍を指揮する者。このくらいできて当然だ」


 当然なんだ。まあ、確かにそのくらいできなくちゃ魔王軍の質が問われるってものだな。


「休む者には耳栓でも配りますか?」


「もう配ったよ。いびきがうるさいヤツがいたんでな」


 これっぽっちも動揺してないカインゼルさん。それどころか余裕のよっちゃんであった。外には千八百ものゴブリンがいるっていうのに。


 まあ、それはオレも同じか。ここには金印の冒険者と金印に相当する銀印の冒険者がいて、兵士長だった人がいる。数に対抗できる質がある。近くにはミリエルたちもいる。


 まず下手を打たなければ負けることはない。もちろん、油断はしない。勝利の瞬間、さらなる敵が現れる想定で準備をしている。うちに帰るまでがゴブリン駆除だからな。


「ホームにいってきます。ミリエルの気配が消えたので」


「ああ。ゆっくり休んできていいぞ。こちらは大丈夫だから」


「はい。ラダリオンは残っててくれ。なにかあればすぐ呼んでくれ」


 そうお願いしてホームに入った。


「ご苦労様。今着いたのか?」


「いえ、暗くなる前に着いて野営の準備をしてから入りました」


 まずは食事をしてからスケッチブックを広げてお互いの状況を話し合い、配置を確認し合った。


「明日の朝、魔王軍を誘き出したら駆除を開始する」


「はい。狂乱化したら突撃します」


 作戦は至って簡単。処理肉を正面にばら蒔いて狂乱化をさせ、そこへ榴弾による爆撃。数を減らしたら逃れたゴブリンどもへの一斉射。それで魔王軍が退くならよし。退かないのならミリエルたちを投入する。


「こんなことなら巨人を請負員にしておくんだったな」


「そう言えば、タカトさんしか請負員にできないんですか?」


「どうなんだろう? ダメ女神はできるとは言ってなかったがな」


 でも、ミリエルも駆除員だ。報酬も五千円だし、ホームに入れてタブレットも使える。オレと変わりはない。なら、請負員にさせることだってできないと、オレが死んだら請負員制度は終わるってこと、か?


 ピローン! とは鳴らない。アフターフォローしてくれるほどできた女神じゃないのは知ってまーす。


「物は試しだ。ミリエル、やってみろ」


 やり方は簡単。請負員カードを思い浮かべて出ろと念じたら発行され、請負員カードを触らせて名前を言えば登録される。


「は、はい。あ……出ました……」


 うん。出ちゃったね。請負員カード。マジか!? 


 これが夢や幻でもないのなら、オレの予想が外れたことになる。オレが死んでもミリエルたちは駆除員を続けられるってことだ。


 オレが死んだら新たな駆除員が選ばれる。そうなればラダリオンやミリエルの駆除員としての資格(?)が剥奪されると思っていた。だから、オレが死んだときのため、二人がしばらく生きていけるようにと、この世界の金をカインゼルさんに渡していた。


 オレは、ダメ女神のように二人の人生を──。


「──わたしはわたしの判断でタカトさんの仲間になりました!」


 震えているオレの手をつかむミリエル。


「ラダリオンもそうです。タカトさんの側にいるのはわたしたちの意思です!タカトさんに強制されたことじゃありません! それはわたしたちに対する侮辱です!」


「……ミリエル……」


 握る手にさらに力が籠った。


「二度とわたしたちを侮辱しないでください。ここにいるのはわたしの意思なんですから」


 笑顔ではあるが目がマジだ。こちらが怯むくらいのマジもんだった。


「……わかった。もう侮辱したりしないよ。自分の選んだ道なら貫いたらいい」


 引き入れた責任を放棄するつもりはないが、もう気に病むことはしない。生き抜くことに集中していくさ。


「はい。貫きます」


 今度はちゃんと目も笑ってくれた。


「巨人が請負員になるなら作戦を少し変える必要があるな」


 新しいページを開いてスケッチブックに砦を描いて、作戦変更案を伝えた。


「オレは砦から指揮すると思うからミリエルとラダリオンが面立って稼いでくれ。この駆除で五百万円はプラスにするぞ」


 千匹はオレたち駆除員で倒す。じゃないと今後の補給がままならなくなるんだよ。


「って、ゴブリンの気配はわかるのか?」


「いえ、わかりません」


 それはオレにだけ与えられたサポート能力か? 


「でも、魔力を持っているならわかります。強い魔力が二つ。ゴブリンを指揮する者と、わたしの感知範囲ギリギリの場所に強力な魔力を感じます」


 離れた場所に? 四天王とかか? 強敵を倒したらさらなる強敵が現れるパターンか?


「じゃあ、余力を残して勝つしかない。勝利した瞬間にそいつが現れる前提で作戦を実行するぞ」


 アズルライズに横にいてもらうおうっと。


「はい。現れたら永遠の眠りにつかせてやります」


 とても頼もしいけど、周囲の者まで永遠に眠らせないでね。今度はオレらが魔王軍にされちゃうからさ……。


「よし。明日のためにしっかり休むぞ」


「はい!」 


 一度、外に出て作戦変更案を伝え、先に眠らせてもらった。

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