第185話 ご勝手に
とりあえず、買った弓矢はホームに運んだ。あとでミリエルに外に出してもらおう。玄関じゃ場所を取るからな。
「タカトさん、うちにもきてくださいよ! うちは小さいけど、鞭を作ってる工房をやってるんです!」
運び終わったらサイルスさんがそんなことを言ってきた。
「そうか。それはいいな。土産に欲しかったんだよ」
「はい。いいのがいっぱいありますよ!」
ってことで、マイフさんに挨拶してサイルスの案内で工房へ向かった。
「ここです!」
歩いて三分もしないでサイルスんちの工房──と販売店が一体化されたこぢんまりした店だった。
「サイルスのところはライダンドでも一番の古い工房で、昔、王様に献上したこともあるんですよ」
「へー。それは凄いじゃないか」
てか、王様が鞭使うのか? 夜か? 夜の危ない鞭使いか?
外から見たとおり、中も小さく、壁に鞭が飾ってあるだけで店より工房の色が濃かった。
「サイルスか。どうした?」
番台にいたのは二十歳くらいの若者で、なにか器具を使って革紐を編んでいた。
「兄貴、客を連れてきた。銀印の冒険者で鞭を買いたいそうだ。鞭を見せてくれ」
「どうも。タカトと申します。主にゴブリン駆除をやってますが、ライダンドには護衛でやってきました」
「おれはマグだ。親父たちが言ってたのはあんたかい。ゴブリンの王と戦ったってのは」
この世界の情報伝達は光回線を使ってんのか?
「戦ったのも倒したのはギルドマスターですけどね」
「それでもタカトさんはゴブリンを何千匹と倒してんだからスゲーよ! 鉄の弓の腕も凄いし!」
銃の腕、そんなによくないから持ち上げないで。
「まあ、そこそこの冒険者と思っててください。それより、鞭を見せてもらえますか? できれば練習用と戦いに使えそうなのを五本、欲しいのですが」
鞭の数え方は本でいいんだよな? 鞭なんて異世界にきてから見たし。
「買ってくれるなら好きなだけ見てくれ。なんなら買い占めてもらっても構わないよ。最近、客が少なくて材料を買うのも大変なんでな」
「使い方も知らないヤツには売らん! とかじゃないんですね」
職人に対するオレの偏見です。
「そんなアホなこと言ってたらとっくに潰れてるよ。鞭なんて使うヤツは冒険者か羊飼いくらいなものだからな。今じゃ革編みのほうが多いくらいさ」
革で編んだショルダーバッグを見せてくれた。
「へー。立派なものですね」
月刊誌が二冊は入りそうな感じで、マルグのスリングショットが入れられそうだ。ベルトにつけたらポーチにもなるんじゃないか?
「これ、他にもあるなら売ってもらえませんか?」
「もちろんさ。欲しいだけ買ってくれ」
ほんと、頑固な職人じゃなくてよかった。
革編みのショルダーバッグを四つ、各種敷物、練習用、戦闘用の鞭を十本買った。
「さすが銀印。銀貨十八枚を即金とはな」
さすがに手間暇かかってるだけにいい値段がした。手持ちのでは足りなくてホームから持ってきちゃったよ。
「いいものを買えました。また買いにきますよ」
ショルダーバッグは巨人たちも使えるだろう。なにかの礼に使わせてもらおう。
「ああ。是非ともそうしてくれ。たくさん作っておくからさ」
はいと返事して工房をあとにした。
「三人とも、ありがとうな。いい土産ができた。お礼にミシェドさんの酒場で奢ってやるよ。案内してくれ」
時刻は十六時前。料理も出してるようだから閉まってるってことはないだろうよ。
「ありがとうございます! こっちです!」
三人に案内されてミシェドさんの酒場に。領民相手の酒場のようで、大通り沿いではなく、一本奥に入った小さな店が並ぶところにあった。
「結構客がきてるんだな」
まだ仕事が終わる時間ではないだうに、席の半分以上は埋まっていた。
「タカトさんから買った酒目当てですよ。ライダンドの者は酒好きが多いですからね」
地元で造れないのに酒好きが多いとか、運んでくるの大変そうだな。ミレット商会が大きいのも頷けるよ。あれ? ロダンさん、ダインさんの兄弟子とか言ってなかったっけか? ダインさん、行商人だよな?
「ロダンさんは一代で店をあそこまで大きくしたのか?」
「親父は婿入りです。じいちゃんに気に入られてお袋と結婚したって聞いてます」
なるほど。マスオさんだったんだ。
「兄貴! タカトさん連れてきたぞ!」
バイスに呼ばれて厨房からミシェドさんが出てきた。
店主らしいが、料理人もやっているのかエプロンをかけていた。
「いらっしゃいませ、タカトさん」
「今日は予約と軽く食べにきました。明日の夜って大丈夫ですか? 急でしたらまた別の日にしますが」
「いえいえ、大丈夫ですよ。肉ならすぐ手に入りますから。酒のほうは卸していただけると助かりますが」
「ロブ村で稼いできたので構いませんよ。なにがいいですか?」
「銀貨十枚分でワインとビールをお願いします。旦那さん連中も呼んでタカトさんの顔を覚えてもらいたいので」
「オレの顔、ですか? またなんで?」
別にライダンドで商売するわけでもない。知られる必要もないだろう。
「タカトさんは冒険者らしくないとは思ってましたが、広範囲で活躍する冒険者は名と顔を覚えてもらうよう動くものですよ。そこの旦那さん連中に覚えてもらえれれば話を通すことも簡単ですからね」
あー確かに写真とかない世界なら顔合わせは重要か。成り上がりたい者にしたらな。
「オレが向かうところはゴブリンがいるところ。話が通らないなら避けるだけです。ゴブリンは人の思惑の外にいますからね。あと、誤解してるようだから訂正しておきますが、オレは冒険者ギルドに間借りしてるだけ。冒険者としての成功は求めてません」
豊かな老後を送れるなら目指しもしようが、それまでの道が茨だ。どうせ茨ならやっと道に乗り出したゴブリン駆除に勤しむよ。
「……なにか、余計なことをしてしまったようですみません……」
「お気になさらず。呼ぶと言うなら好きにしてもらって構いませんよ。オレらはミシェドさんの料理を楽しみますから」
あっちがオレの顔を覚えるならご勝手に、だ。
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