第459話 教育ママゴン

 庭で待っていると、息子さんを連れてサイルスさんがやってきた。


 十四歳と言うが、オレには十七歳くらいに見える。背もオレよりある。下手したら同年代に見られそうだな。


「ミルド・ミシャッドです」


 息子さんは母親似か。目元口元が領主代理だよ。


「オレは、一ノ瀬孝人。タカトと呼んでくれて構わないよ」


 相手は領主代理の息子であり貴族だが、そんなこと関係なく一人の未熟者として扱ってのことだった。


「はい。よろしくお願いします」


「随分と礼儀正しいんですね?」


「ミシャが厳しいからな」


 領主代理、教育ママゴンだったようだ。あ、領主代理、ミシャード・ミシャッドだよ。どっちが名前やねん! とかはいらないから。


「わたしは当然の教育をしたまでだ」


 音もなく現れる教育ママゴン。オレ以上に飲んだのにまったく乱れがない。この人、絶対バケモノだよ!


「おれとしてはもう少し砕けてくれたほうがいいと思うんだがな」


「いずれはミシャッド家を継ぐのだ、下手な教育はできん」


 子供の教育で夫婦で揉めるとは聞くが、まさかこの世界でもそうだったとはな。子育てっての大変だ。


「まあ、本人の素質や性格もあるんですから押しつけはよくありませんよ。適正を見て教育するべきです」


 子育て経験はないが、新人教育なら結構やらされていた。向き不向きを見つけて教育しないとすぐ辞められてしまう。平成生まれでも昭和よりと平成半ばとではゆとり度が違うんだよ。


「ミルドの魔法はどのくらいの感じなんだ?」


「初級攻撃魔法は一通り使えます」


「属性は?」


「火、風、土の三極です」


 へー。三極とは凄い。二極でもそうはいないって話なのに。


 水の玉を作り出し、それを伸ばして盾にした。


「凄い! 水でそんなことができるなんて!」


「オレは水属性で、人の胴体くらいある木なら撃ち抜くことも斬り倒すこともできる。ミルド。オレに火の魔法で攻撃してみろ」


 五メートルくらい離れて水の盾を構えた。


「手加減なしで攻撃してこい」


 おれ、なんかやっちゃいました? 的な攻撃でもなければ今のオレでも問題なく受け止めれるはずだ。ちゃんと魔力増幅の腕輪をしているしな。


「いきます!」


 思い切りのよさも領主代理に似たようで、ゴブリンなら丸焦げにできそうな炎を撃ってきた。


 ゾラさんの通常攻撃くらいか? 水の盾に当たって蒸発した。


 今の威力からしてミルドの魔法は竜の血を浴びたオレくらいか? 魔力増幅の腕輪をしてなかったら相討ちになってた感じかな? やはり天才と言っていい少年だ。


「次はオレが撃つ。ミルドは防げ」


「はい!」


 天才なら今のでオレの魔法がどんなものかわかったはず。それでいて恐れることなく了承するとか度胸もいい。


 手を指鉄砲の形にしてミルドの炎と同じくらいの水弾を放った。


 どう防ぐのかと思ったら、腕を前に突き出し、風を吹かせた。


 水弾の軌道が外れ、地面に叩き落とされた。おー凄い!


「お見事。日頃から真面目に訓練しているのがよくわかるよ」


 才能もあるだろう。だが、これは本人の努力の賜物だ。おそらく努力型の人間なんだろうよ。


「ありがとうございます!」


 感情の起伏は少ないが、喜怒哀楽はちゃんとあるようで、褒めたら嬉しそうに笑った。


「サイルスさんから聞いているだろうが、しばらくミルドをセフティーブレットで預かる。構わないか?」


「はい! よろしくお願いします!」


 随分とやる気だな? なんでだ?


「お前は自覚がないだろうが、グロゴールに止めを刺した男だ。謂わば竜殺しだ。その証拠として鱗もある。ミシャでも傷をつけることもできない竜をお前は倒したんだ。子供にしたら英雄そのものだよ」


 まったく自覚がなさすぎてどう受け止めていいかわからない。


 アレに挑むだけで賞賛には値する。オレもよくやったと思う。だが、倒せるに至ったのは皆のお陰だ。そうでなければ絶対に倒せなかっただろうよ。


 ラインに立って一工程を担当したくらいで製品を造ったなんて誇れない。精々、オレ、その製品造りに関わったんだぜ! ってくらいの小さな誇らしさしかないよ。


「確かにお前個人の戦闘力は並みだろう。だが、お前は統率力が尋常じゃない。他種族を従え、豪鬼や死滅の魔女を纏めている。作戦立案から勝機を見抜く目があり、誰一人死なすこともなかった」


「それでいて策謀を張り巡らせる頭も持っている。たった一冬でアシッカ伯爵領を掌握したばかりか近隣領主を纏め上げ、商人たちを焚きつけた。こんなことできる男が何人いる? どこにいる?」


 そこら辺にいるでしょう。って言える雰囲気ではなかった。だが、それでも言わなければならない。自分を守るために。


「オレはどこまでいっても凡人ですよ。あまり期待しないでください」


 おだてられたってオレはなにかに変身するわけでもない。目覚めた力が出てくるわけでもない。今持っているものでなんとかするしかないのだ。自分には隠された力があるなんて思っていたのは小学生までさ。


「ミルド。驕ることなく、ただ励め。これが求めた先にある答えだ」


 はい? なんなのいったい? 


「わかりました、母上」


 なにが? なにがわかったの? オレはさっぱりなんですが!

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