第282話 マレアット

 伯爵のところにいくために新しい服装に着替える。


 こちらの正装など知らんし、戦闘系の服しかないが、偉い人に会うのに武装はできない。茶色系に纏め、麻色のロングコートで決めた。


 髪も適当に切ってたが、こちらはそうピシッとはしてない。油っぽくなくフケがついてなければ問題あるまい。


「随分と身嗜みを整えるんですね?」


「偉い人と会うからな。身嗜みはしっかりしておかないと」


 領主代理のときは考えなかったが、これからは偉い人に会うとき用の服も揃えないとダメだな。これでもゴブリン駆除ギルドのマスターだしな。


 武装はできないので、装備するのはアポートウォッチだけにする。敵意は見せたくないが、伯爵を全面的に信用はできないからな。


「わたしもしたほうがいいでしょうか?」


「ミリエルは構わないよ。オレは代表だからな。相手に失礼のない服装にするだけだ」


 これからも偉い人と会うかもしれない。今回はその練習だ。


 伯爵のところにはオレとミリエルでいく。


 壁に囲まれた都市は中央に城があるものだと思ってたが、ここは南側に館が造られていた。


 町を囲む壁より低く造られており、周囲を見回す塔もない。見張りは壁からしないのか? 


「昨日聞いたんですが、アシッカは地下にも町があるそうで、外に住んでた人がそこに避難してるそうですよ」


 地下? そんなもんがあったのかよ!? 


「よく地下で暮らしていられるな」


 空調や明かりもないのに。なんか魔法的な工夫があるのか?


「どうもその中にエルフもいるそうです。昔、この地はエルフが住んでいて、人間たちにうばわれたとか言ってました」


 あー。ミシニーが知っていたのはそのせいか。


「エルフは迫害されているのか?」


「そこまでではないみたいですが、同等に扱われてはいないみたいです。エルフは魔法に優れた種族ですから辛うじて住まわせてもらっている、って感じです」


「反抗できないほどエルフは少ないのか」


 魔法に優れた種族が反抗もできないで人間の中で暮らしている。つまり、それだけ少ないってことだろうよ。


「ミリエル。そのエルフと接触して請負員とするぞ。今なら恩を売れそうだ」


 今後を考えれば魔法が使える種族は仲間にしておきたい。銃器を使わないでいてくれたら出費が抑えられるからな。


「わかりました。奥様たちから情報を仕入れます」


「ありがとな。ミリエルが仲間になってくれて本当によかったよ」


 ミサロにはちょっとアレな反応だが、ミリエルはとても愛想がよく、コミュニケーション能力も高い。他の種族にも壁を作らないから巨人の奥様連中からも愛されている。他種族が一緒にいられるのはミリエルがいてくれるからだ。


「タカトさんのお役に立ててよかったです」


 ちょっと重い反応をするところは苦笑いだが、境遇を考えたら仕方がない。まあ、年齢を重ねるとともに落ち着いてくるだろうよ。


 館の門には正装(?)した門番が二人立っていた。


 ゴブリン駆除ギルドのマスターであることを告げると、これと言った身体検査もなく中に通された。


 庭と言うものはなく、門を潜って五メートルもしないで玄関に到着。品のある中年男性が迎えてくれた。


「当家の仕切りを任されているモーリスと申します。ようこそお出でくださいました」


「ゴブリン駆除ギルドのマスター、一ノ瀬孝人と申します。タカトとお呼びください」


 身分や立場がわからないので腰を低くして挨拶した。実は当主の親でした、とかだったら大変だからな。


 館の中に通され、コートを使用人の中年女性に渡した。


 コラウスの城で見たような綺麗な服は着ておらず、モーリスさんは中年女性を使用人と言った。執事や侍女は使用人の上位互換的存在なのかな?


 館内は質素に尽きた。


 壁にはなにも飾られず、壁紙は色あせており、伯爵の館とは思えない。これは想像以上に困窮していそうだ。


 伯爵がいるだろう部屋までやってきて、モーリスさんが声をかける。


「入れ」


 中から声が。聞いただけで若いとわかるものだった。


 モーリスさんによりドアが開かれ中へ。声と同じく若い伯爵だった。


 ミリエルから若く、二十を過ぎたくらいとは聞いていたが、こうして見ると想像以上に若い。いや、見た目ではなく、精神が若いとわかったのだ。


 誰か補佐しているのかと左右に視線を動かしたが、この部屋には伯爵だけ。使用人すらいなかった。


「お初にお目にかかります。ゴブリン駆除ギルドのマスター、一ノ瀬孝人と申します。この度はお力添えありがとうございました」


 こちらの作法がわからないので、三十度敬礼でお辞儀した。


「わたしは、マレアット・アシッカ。この領地を治めている者だ。タカト殿のことはミリエル嬢から聞いている。礼を言うのはこちらだ。タカト殿たちがきてくれなかったら我が領地は滅びていたことだろう。感謝する」


 話の通じる人だとは聞いていたが、それでもどこの馬の骨ともわからない相手に感謝を述べるか。藁をもつかむ精神状態なんだろうか?


「我々はゴブリンを駆除するのが仕事。ただ、組織としてはまだ弱小。ゴブリンの死体を片付けるには人が足りません。大したお礼をすることはできませんが、これで領民を雇うことをお許しください」


 ミリエルに金貨十枚を入れた宝石箱を伯爵に渡させた。


「……タカト殿はやり手のようだな……」


「わたしはあまり人と争うことはしたくありません。無駄な戦いも嫌いです。皆仲良く、とまではいかなくとも双方協力できる関係にはなりたいと思います。ゴブリン駆除に協力いただけるのなら、それ相応のものをお渡ししたいと思います」


 賢明な決断をすることを切に願いますと、右手を胸に当てて深々と頭を下げた。

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