第562話 ライダンド伯爵領再び

 胸を裂き、ナイフでゴリゴリ抉り出すと、乳白色の魔石が出てきた。


 サイズはピンポン玉くらい。意外とデカいな。


「かなりのものですね。もしかすると支配者争いに負けた個体かもしれませんね」


 そう言ったのはローガだ。解体もやっていたと言うから魔石を見ただけでわかるのだろう。


「厳しい世界だ」


 ボスの座を譲って引退。穏やかな老後を、とかできない社会に生まれなくてよかったよ。いや、今のオレもこいつに同情できんか。豊かな老後を求めて四苦八苦してんだからよ。


「これも討伐したら報酬がもらえるのか?」


「依頼が出ていれば、ですね。首を持っていきますか?」


「いや、報告だけしておこう。手間に見合わんからな」


 たとえ報酬が金貨一枚だとしてもこんな首を持って歩きたくはないよ。変な病気にかかったらどうすんだよ?


 魔石を洗い、死体の四肢を斬り落とし、ガソリンをかけて燃やした。


 充分に燃えたら土をかけ、一休みしたら街道に戻り、皆のあとを追った。


 一時間ほど歩くと森が切れ、草原に出た。


「かなり離れたな」


「いっきに町まで向かったんでしょう。こういうときは安全な場所まで進むものですから」


「ハァー。オレが歩くと魔物に当たるな」


 つーか、当たりすぎだわ。その内、ぽっきりと折れるぞ。オレの心がな!


「使徒の運命、ですか?」


「違うと否定できないところが悲しいよ。冒険者に情けは人のため為らずって教えたのも駆除員だろう。その諺はオレの世界の諺だしな。きっとオレと同じくいろんなものに当たっていたんだろうよ」


 行動の数々は残っていてもゴブリンは駆逐できていない。それはつまり、ゴブリン駆除以外で死んだってことだろうよ。


「ここで昼にするか」


 そう言えば、前もこの小川の横で休憩したっけな。なんか遠い昔のような気がするぜ。


 ホームからミサロが作ってくれた豚汁と塩おにぎりを運んできた。


「先にいったヤツには申し訳ないな」


 アシッカで稼いだ報酬はまだあるから買って食えるだろうが、やはりミサロが作ってくれたもののほうが美味しい。なんか、すっかりミサロに胃をつかまれてんな、オレ。


 一時間ほど休んだら出発。遠くに領都の城壁が見えてきた。


「ん? ガルダの気配?」


 時速四十キロくらいでガルダの気配が近づいてくるのを感じ、プランデットをかけて望遠にすると、パイオニア五号を運転してこちらに向かっていた。


「運転を覚えたんだ」


 オートマ車だからそう難しくはないのだが、車など知らない者には理解できないもの。よほど柔軟な思考を持ってないと運転できないんだよな。


「よかった。無事でなによりです」


「心配かけたな。ダインさんたちはどうだ?」


「落ち着いていますよ。マスターたちがあれくらいで死ぬわけもありませんしね」


 まあ、何千匹のゴブリンに囲まれた経験があるしな。ゴッズ一匹で騒いだりしないか。


 パイオニア五号に乗り込み、あっと言う間に領都に到着できた。車のありがたさがよくわかるよ。


「タカトさん。ご無事でなによりです」


 城壁の中に入り、商業区の広場にくると、ダインさんたちが迎えてくれた。


「ええ。なんの被害もなくてなによりです。これからすぐミレット商会に向かいますか? オレは冒険者ギルドにゴッズの報告に向かいますが」


「使いを走らせたので、戻ってきたら向かいます。明日、ミレット商会で落ち合いましょう」


「わかりました」


 このことは前々から決めていたので、職員たちを連れて冒険者ギルドに向かった。


 ライダンド伯爵領の冒険者ギルドは小さい。町の支部くらいしかない。のだが、混み始める時間帯のようで、中はごった返していた。


 六人で入るのは迷惑だろうからオレとローガで待つことにした。


 しばらくしてオレたちの番となり、鉄札を出した。


「銀印のタカトです。ギルドマスターと面会できますか?」


「ああ、あんたか。久しぶりだな」


 前に会いましたっけ? いや、会っているかもしれないが、まったく記憶にございません。ごめんなさい。


「ええ。お元気そうでなによりです」


 とりあえず笑って返しておく。


「マスターは二階だ」


 勝手にいけとばかりにアゴで二階を差したので、遠慮なく二階にあがらしてもらった。


 ギルドマスターの部屋のドアは開け放たれており、一応、ノックをした。


「ん? ああ、お前さんか。久しぶりだな。またゴブリン退治か?」


「お久しぶりです。今回は馬を買いにきました。あと、くる途中でゴッズに遭遇して倒した報告です」


「ゴッズだと!? 本当か?!」


 慌てて椅子を蹴って立ち上がったギルドマスターに乳白色の魔石を出して見せた。


「一匹だけか?」


「はぐれだろうと、うちの職員が言ってました」


「そうか。たまにはぐれが出るからその見立てに間違いはないだろう」


「群れの頭が変わった、ってことでしょうか?」


「恐らくな。ゴッズは数十年に一回、頭を決める争いをする。去年くらいにそれがあったのだろう」


 かなり昔から隣り合わせで生きているようだ。よく争いにならないものだよ。


「情報、感謝するよ」


「どう致しまして。報酬はゴブリンの情報でいいですよ」


「ふふ。ゴブリン殺しは仕事熱心だ」


「駆除員の悲しい性ですよ」


 こうやってブラック耐性がついていくんだろうな……。

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