第463話 2 *ビシャ*

 あたしは文字を知らない。


 大人の何人かは知っていたみたいだけど、大体の者は文字など必要なかった。あたしも必要ないと思って覚えようと思わなかった。


 ただ、タカトたちに助けてもらい、ゴブリン駆除請負員として暮らすと、文字を知らないと不便と感じてきた。


 時間のあるときにカインゼルのじーちゃんやミリエルねーちゃんから教わったりして、自分の名前や簡単な単語なら覚えられた。


 でも、話の内容を書き留めるなんて無理。覚えられる量でもない。書いてもらっても読めない。文字、もっと勉強しておくんだった……。


「ミルド様。ビシャの補佐をお願いできますか?」


「ミルドで構いません。ここでは下っ端なのですから」


「わかりました。では、ミルド。ビシャの補佐をお願いします。タカトさんが言った通りこれは訓練です。成功は二の次。学ぶことが大事です。まあ、失敗しても構わないとおざなりになられたら困りますが、死なないていどにがんばってください。手足がなくなるくらいならわたしが治しますので」


 ミリエルねーちゃんの怖いとこ出た。


 優しい顔で怖いことを平気で言うし、実際、脚を治した回復魔法の使い手。タカトが安全第一、命大事に動いているから発揮はしてないけど、眠りの魔法は何度も見ている。


 タカトが言ってた。あれは広範囲殲滅魔法だって。


 あたしも納得する。効果範囲にいたら永遠の眠りについても当然だってね。ゴブリンが糸が切れたように倒れる光景は胆が冷えたもの。この人に逆らったらダメだと思ったよ。


「ミルドにーちゃん、よろしくね」


「アハハ。にーちゃんか。ミルドでいいよ。おれもビシャって呼ばせてもらうから」


 冷たい感じはするけど、根は気さくみたいだ。人は見た目じゃないってよくわかるよね。


 ……まあ、ここには見た目で判断してはダメって人が多いんだけどさ……。


「概要はこの通りよ。討伐メンバーで準備から考えてみなさい」


 そう言うと、ミリエルねーちゃんも会議室を出ていった。


 すると、皆の目があたしに集中した。え、えーと。どうすればいいの?


 簡単に引き受けちゃったけど、リーダーってヤバくない? 決めろって、なにから決めたらいいの? タカトはどうやってたっけ?


「えーと。まずはワイニーズがどこにいるかだよね。どこだっけ?」


 カンカン? カンヅメ? ミリエルねーちゃん、話が難しくてほとんど覚えてないよ。 


「カンザニアです」


 と、アリサが教えてくれた。ありがとです。


「うーん。リーダーって面倒だね」


「ねーちゃん、まだなにもしてないじゃん」


 うるさい、黙ってろとメビの頭を殴ってやった。


「そうやってすぐ殴る……」


「まあまあ、カンザニアのことはおれが知っているよ。マイヤー男爵領にある一番高い山だよ」


 さすが頭よさそうな雰囲気を出しているだけはある。


「えーと。タカトはいつも地図描いてたよね。ミルド。ホワイトボードに描いてよ」


 まずは場所を知ることからって言ってた。


「コラウスがここだとマイヤー男爵領はここ。カンザニアはここだな」


「方角は?」


 持っている方位磁石を出す。


「それならこちらが北です」


 アリサも方位磁石を出して方角をホワイトボードに書いた。


 皆でわかることを書いていき、あたしもメビもなんとなく場所がわかってきた。


「そう言えば、その方角に高い山があったね」


「あったあった。なんか飛んでると思ったけど、あれがワイニーズかな?」


 あたしも目はいいけど、メビはそれ以上だ。遠くのものを見たり、飛んでいる小さな虫すら棒で叩き落とすほどだ。


「そこまで道はあるの?」


「もらった資料には手前までしかないな。前は冒険者が入っていたみたいだが、ワイニーズが住み着いてからは入ってないようだ」


「じゃあ、マンダリンでいく?」


「マンダリンだと人数的に無理でしょう。ただ、ワイニーズ相手ならマンダリンは必要でしょうが」


「その山に山黒もいるんでしょう。ずっと飛んでいるわけにもいかないんだからベースキャンプは必要だよね?」


 マンダリンならあたしも操縦できるけど、さすがにずっと飛んでいるのはキツい。戦闘ともなればマナックの補充もしなくちゃならない。近くにベースキャンプは必要だ。


「じゃあ、パイオニアで近くまでいって、山の麓にベースキャンプを築くしかないね」


 メビはパイオニアの運転はできるのに、なぜかマンダリンは操縦しないんだよね。後ろに乗せてあげるって言っても乗らないし。


「荷物も多くなるならパイオニアで向かったほうがいいだろうな」


「そうだな。マスターがいないとなれば荷物も出せたりしないだろうし」


 そっか。ホームに入れる人がいなければ持っていくしかないか。


「アポートポーチかアポートウォッチを借りれないかな?」


 あれがあれば出すことはできる。

 

「ミリエルねーちゃんに訊いてくる!」


 メビが部屋を飛び出していった。あの子、ほんと怖いもの知らずだよね……。


「──いいってさ!」


 アポートウォッチを持って戻ってきた。


「ねーちゃんが管理しろって」


 あ、あたしか~。アポートポーチなら使ったことあるけど、ウォッチってどうなんだ? 


 試しにアイスを思い浮かべてアポートしてみた──ら、ウォッチから飛び出した。


 慌ててキャッチ。これはコツがいるな~。


「ねーちゃん、あたしも」


 ホームにあるものは好きに取り寄せて構わないとは言われている。が、食べすぎるとラダリオンねーちゃんに怒られる。


 普段、ボーっとしているラダリオンねーちゃんだけど、食に関してはミリエルねーちゃんより怖い。加減を忘れたら頭を握られて指で小突かれるんだよ。マジで怖いんだよ!


 メビは調子いいからされたことないけど、あたしは一度経験した。あれは一生の恐怖ものだよ。


「一個だからね」


 メビだけでは悪いので皆の分を取り寄せた。


「美味しいな、これ!」


 初めて食べたミルドが目を大きくしてびっくりしている。わかるよ、その気持ち。


「ゴブリン駆除請負員になれば食えるよ」


 あたしも買えばいいんだけど、いざというときのために残していろと言われている。タカトとはぐれたとき、命綱となるからってね。


 まあ、なにはともあれアイスが美味し~い!

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