第34話 引っかかった?

 戻ってきたらミシニーは気持ちよさそうに眠っていた。


 よくよく見ても女みたいな顔立ちだよな。これで男と言うのが信じられない。この世界のエルフは皆こうなのか? もう詐欺だよ。


 エルフ萌えはなきにしもあらずだが、さすがに男には萌えたりはしない。顔だけで踏み外すほど無節操ではないわ。


 枝をくべ、持ってきたものを作業鞄から出す。


 五百円の赤ワインをステンレス製のポットに移し、焚き火の近くに置いて温めた。ミシニーが起きるまでホットワインを楽しむとしよう。


 リンゴを薄切りにしてポットに入れると、甘いいい香りがしてくる。


 特別酒飲みってわけじゃないが、冬にはよくホットワインを飲んだものだ。


 ゴブリンが匂いに釣られてやってくるかな? と思ったが、一キロ内にゴブリンの気配は感じなかった。なんでだ?


 一キロ外にはそれなりにいて、それなりに固まって行動している。ミシニー以外のエルフでもいるのか?


 ゴブリンの気配を探りながらホットワインをちびちび飲んでいると、遠くから銃声が聞こえた。


「始めたか」


 時刻的には午後。ちゃんと用意しておいたピザを食べたようだな。


「……な、なに……?」


 どこからか女の声がして慌てて立ち上がり、P90を構えた。いつの間に接近されたっ?!


 周囲を探るが声の主はいない。え? オレの幻聴だったのか?


 P90を下ろしてなんだったんだと困惑していると、起きたミシニーと目が合った。え? ミシニーか、今の声は?


 ……オレ、幻聴を聞くほどエルフ萌えだったのか……?


「悪い。冒険者としてやっていくには男と思わせる必要があったんでな」


 野郎声はどこへやら。澄んだ女声を発している。


「……な、なん、で……?」


「魔法で声を変えていたんだよ。顔がこれでも声が男だと襲われないからな。まあ、その手の野郎には逆効果だがな」


 声は澄んでいても口調は冒険野郎である。


「そ、そうか」


 としか言えないボキャブラリーの乏しさよ。我ながら情けない。


 どうしていいかわからず座り直し、放り出したカップを拾い、新しくホットワインを注いでミシニーに突き出した。心の整理をする時間を稼ぐために。


「ありがとう。音よりこちらの匂いに目が覚めたんだけどな」


 カップを受け取ると、ゴクゴクと飲み干した。


「美味いな! もう一杯くれ」


 多少なりともアルコールは飛んではいるとは言え、そうゴクゴク飲むものではない。酒豪か?


 お代わりを注いでやり、新たに赤ワインをポットに注いだ。


「こんな美味いワインがあるんだな」


「そうか? 結構安いワインなんだがな」


 オレはビール派だからワインは千円以下のしか飲んだことがない。良し悪しより安さが大事の小庶民なのだ。


「これが安いなら毎日飲みたいよ」


 やはりミシニーは酒豪のようだ。


「そうだな。ゴブリン一匹狩れば五本くらいは買えるから毎日飲めるかもな」


 酒豪でも五本も飲めば充分だろう。飲みやすいワインでもアルコール度数は十三、四くらいはあるんだからよ。


 ゴブリン請負員カードを発行する。うおっ、本当に出た!

 

「これはゴブリン駆除の請負員の証。請負員カードと言うものだ。オレがゴブリンを駆除してくれって頼んだ人に渡しているものだ」


 いや、これが初なんだけどね。


「ゴブリン一匹倒すと三千五百円が入る」


「エン?」


「まあ、ゴブリン駆除員の間の通貨だな。三千五百あればこのワインが五本買える。他にも衣服、食料、武器、道具などが買える。ただし、それらは買ったものは売ることはできない。与えることもできない。まあ、このワインのように食べたらなくなるようなものなら特に問題はないが、残るようなものは十日過ぎたら消えてなくなる」


 まあ、請負員も駆除員も同じルールだが、念のためトラップを仕掛けておこう。それが吉と出るか凶と出るかは状況次第だけどな。


「興味があるなら試しにやってみるかい? 嫌なら一年くらいゴブリンを駆除しなければカードは消失するからよ」


「……どうしてわたしに……?」


 一人称、わたしなんだ。オレと言うのは抵抗があるのかな?


「冒険者ならゴブリンと遭遇することもあるだろう? そのついでに駆除してくれるならオレの仕事も減るし、何割かオレに入る。ゴブリンの百や二百問題ではないってヤツがいたらそりゃ誘うだろう? まあ、無理強いはしないよ」


 オレ、無理矢理とか嫌いな紳士だし。


「……ゴブリン一匹狩ればこのワインが五本買えるのか……?」


 大事なことだから二度訊きましたかな?


「もっと質が悪いのなら十本くらい買えるんじゃないか?」


 中古品や見切り品とかも買えたりする謎設定。賞味期限切れた缶ビール、一本十円で投げ売りされてたよ。


「それは、もっと質がいいのも買えると言うことか?」


「買えるんじゃないか? オレは安いワインでも構わない派だから買ったことはないけど」


 オレの舌は庶民舌。安いワインを美味しく感じる舌なのだ。


「やろう。こんな美味いワインを知ったら水で割ったワインなどもう飲みたくないからな」


 わたしの血はワインでできてる、ってタイプの酒豪かな?


「じゃあ、カードをつかんで名前を告げろ。それでそのカードはミシニーのものになる。ちなみにそのカードが見えるのはオレと持ち主だけ。人前でやると変な人認定されるから注意しろよ」


「わかった。ミシニー・ロウガルド」


 なかなか格好いい名前ですこと。


「稼いだ数字がここに出て、買い物するときはここを押す。今は0だからなにもでないが、稼いだら絵になって現れる。まあ、使い方は後々教えるよ」


 スマホを持ってるならなんとなく使い方もわかるだろうが、なんの知識もないものにはチンプンカンプン。やりかたから教えたほうがいいだろう。


「まあ、まずはゆっくり休め。ミシニーなら百や二百、問題ないんだろう」


 まだ二時間も眠ってないんだからそう慌てる必要もなかろう。


「そうだな。夕方までは眠らせてもらうよ」


 そう言うと眠りについてしまった。


「どこでも眠れるって羨ましいよ」


 カップにホットワインを注ぎ、またちびちびと飲み出した。

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